3 横浜中華街を歩く

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3 横浜中華街を歩く

 翌週の土曜日、杏奈が関内駅南口の改札に着くと、すでに夏希と会長、副会長は到着していた。  雄一郎が腕時計を確認している。哲也はその隣で眼をつぶり、立っている。  杏奈は夏希に声をかけて、来週から休む旨を伝えた。 「分かった。落ち着いたら、また一緒に参加しようね」  と返事をくれる。  時間になったらしく、雄一郎が哲也の肩をつつく。 「こんにちは。本日は哲也ウォーキングクラブに参加いただき、ありがとうございます。私は代表の小野哲也です。今回は横浜中華街を歩きましょう。テーマは、食べ歩き。  前回の浅草では、浅草寺以外では買い物禁止としました。しかし想像以上に道中で購買欲を刺激されたので、今回は逆に食べ歩きをメインといたします。食べたい物を買って、途中の山下町公園で休憩しましょう。それでは参りましょう」  哲也が歩きだし、皆は後ろについていく。  夏希が杏奈に「今日の会長は覇気がないね。いつものうざったいくらいの元気を感じない」と耳打ちする。 「そうですか? 私には違いが分からないな」と杏奈は返した。    玄武門をくぐり北門通りを過ぎると、眼前に中華街が広がった。  道路の両脇に、赤や黄色の看板をした飲食店がずらりと並ぶ。片手に持てるサイズの北京ダックや、中華まん、ちまき。様々な食べ物を売っている。    夏希が二つ胡麻団子を買い、杏奈に一つ寄越(よこ)した。  揚げて固くなっている表面を齧ると、温かな餡が飛び出てくる。甘さも控えめで食べやすい。  中華街大通りを過ぎると、屋根を金に装飾され、赤い支柱をもつ門があらわれた。四匹の龍が飾られており、豪華絢爛(けんらん)だ。  黙々と歩いていた哲也が、それを見あげて歩みをとめる。説明を始めた。 「ここは横浜関帝廟(かんていびょう)です。三国志で有名な関羽(かんう)(ほこら)。なんで武将である彼が中華街に祭られているのか、不思議に思う方もいるでしょう。それは彼が()に優れていただけではなく、帳簿を発明するなどして商売にも明るかったからだそうです」    後方から視線を感じた杏奈が振り返ると、雄一郎が哲也を見ていた。会長へ真っすぐ向けられた視線は、彼の様子を監視しているかのようだった。 「しかし関羽の(ほこら)がなぜ百六十年に渡り、中華街の人々に大切にされているのか。愛嬌だったら、実直な張飛(ちょうひ)の方がある気がします。関羽に武力があったからか、商才に恵まれていたからか。(いな)。彼は義を(おも)んじていた。敵の武将ですら、その忠義心には感服(かんぷく)するくらいです。  それが中華街の店の人の琴線(きんせん)に触れるのでしょう。損得勘定だけでは商売はできない。人と人との関係に、信頼は重要です。だから人を簡単に裏切ってはいけない、と思うんだ」  哲也が右手で握りこぶしを作り、演説を終えた。  吐息をついて前に進む。杏奈は、彼のため息を初めてみた。
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