3 横浜中華街を歩く

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 一同は山下町公園に着き、休憩をとり始めた。  途中で購入した肉まんなどを食べる者、ベンチに座りスマートフォンをながめる者、トイレで用を足す者。思い思いに過ごしている。  杏奈は途中で買ったタピオカドリンクを飲みながら、夏希とベンチに腰掛けた。  そこに雄一郎と哲也がやってきた。 「佐藤さん、来週から大学が始まるから来れなくなるんだよね」  雄一郎が杏奈に尋ねてくる。  杏奈は大学での授業開始日やガイダンス日程を伝えて、頭をさげた。 「いや、申し訳なく思わなくていいんだ。今後も続けていくから、気が向いたら来てよ。大学授業の適度なさぼり方、単位の取り方はアドバイスできる」  雄一郎はにやりと、口角をあげる。 「毎回参加してくれてありがとう。クラブも初めの頃はさんざんでさ。佐藤さんが参加し始めたのが、俺達が運営に慣れてきた頃で良かった。哲也と二人で改善していったんだ。初回は神保町だったよな」  雄一郎が哲也に顔を向けると、会長は(うなず)いた。 「集合と解散の時間と場所、それだけ決めて開始したんだ。最後尾に俺が付くとか、哲也が先導するとかルールは一切なし。三省堂の前で集まって、各々が大型の書店や古書店を(めぐ)った。俺と哲也も、本を堪能したよ。  流行の本からコイツの好きな哲学書。アメコミや絵画集までいろんな本を読み漁った。楽しかったな。ただ数時間後の解散場所、お茶の水駅前に一人がこない。  他の参加者には帰ってもらって、俺達はしばらく待った。その人の携帯に電話もしたし、メッセージも送ったけど返事はない。先に帰ったのかもしれないし、自己責任だ。俺らも帰らないかって哲也に相談したんだけど、首を縦にふらない」 「その人、見つかったんですか?」  杏奈が訊く。哲也は信念が強いから諦めなさそうだ。 「見つかった。二人で片っ端から書店を探していたら、電話がきた。集合場所だった三省堂書店にいた。何てことはない。失踪者ははじめの書店で、我を忘れて立ち読みしていたんだ。俺らは読書家の情熱を見誤ってた」  雄一郎が両手を上げて、呆れた表情をする。 「トイレ行ってくる」と、哲也が席を立った。  その姿が見えなくなると、夏希が雄一郎にたずねた。 「哲君、元気ないよね。大丈夫なの?」 「やっぱり夏希さんは分かるか……二人だから言いますけど、先週はクラブの開催がなかったじゃないですか。今、アイツは傷心(しょうしん)中なんですよ」  雄一郎が眉尻を下げて喋る。 「塾講師を首になってから、彼女と会う時間が増えたんです。哲也は喜んでいたんですけど、むこうは説教調な話が重たくなったみたい。別れを告げられて、抜け殻みたいになっちゃった。  それから俺は放課後や、バイト終わりに毎日アイツの家に行って、嘆きや愚痴を聞いていました。無言になったら、アイツの部屋で本や漫画を読んで。ひたすら入りびたった。  元気が出てきたから、今日は大丈夫だと思ったんですけどね」    休憩時間が過ぎ、参加者が集まった。会長が話す。 「それでは後半です。一歩一歩を大切に歩きましょう。と言うのも」  大きく息を吸って、がなった。 「哲也ウォーキングクラブは、今日をもって解散するからです。私はさまざまな思考をしながら歩んでまいりました。そこで判明した真理があります。  それは、人は孤独であるということ。一人で産まれてきて、一人で死んでいく。今後の私は自由気ままに、独力(どくりょく)で歩いていきます」
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