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2 休会
翌週の金曜日。
杏奈は朝五時台に起きた。
部屋の窓には藍色がひろがり、いまだ夜が制空権を握っている。ベッドからでる気もしないが、二度寝をするには目が覚めすぎていた。
枕元のスマートフォンを掻き寄せて、ウォーキングクラブから案内がないか確認する。いつも木曜日中には、雄一郎から通知があるので恐らくないだろう。そう思いつつ僅かな期待を抱いていた。
だが残念ながら、やはり通知はなかった。二、三月は欠かさず毎週末に開催されていたので珍しい。
布団のなかでクラブの事を考える。インターネットを通じて、未知の人と知り合うなど恐怖しかなかったが、参加して良かった。
高校の同級生と比べて、大人の彼らは心にゆとりがある。もちろん大学三年生である会長と副会長にも講義や単位数、就職活動などの悩みはあるだろう。保母である夏希はやんちゃな子供達の面倒をみて、日々目が回っていそうだ。
だが、愚痴をこぼさない。
彼らと交わす会話は明るく、学ぶことも多い。
対して、高校の教室は空気が重かった。会話の内容に気をつかう。薄々気付いてはいたが、はっきり実感したのは推薦入試に受かった日のことだ。
杏奈はその日の朝、大学のWEB合格発表を確認してから登校した。受験番号は合格一覧に載っていた。これで受験戦争も終わりだ。鉛筆という機関銃をかたせるし、数学の公式や英文法という戦略をおぼえる必要もない。
晴々として教室の席で伸びをしていると、友人が小声で話しかけてきた。
「推薦、受かった?」
合格したと答えると、彼女はじっとりとした目で杏奈を見つめて「羨ましい。こっちはまだ一月の共通テストもあるし、国公立試験もある。でも、あんたは気楽に過ごせられるんだね」と嘆息した。
杏奈はその言葉に少し引っかかりはしたものの、聞き流した。しかし帰宅途中に、友人への反論が矢継ぎばやに思い浮かんだ。
『私も評定平均値を気にして日々の学内テストを頑張ってきた。大学の面接や小論文にも備えた。推薦入試が不合格となった時のために、一般入試の勉強だってやってきたんだ。あんたより勉強量は多い』。
改めて彼女に言うことは無かったけれども、胸にもやもやした感情がこびり付いた。
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