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遭遇
「うわ、大きい……」
「な、なんだ!?」
「師匠……目の前に出てきました……」
「どんなじゃ?」
「どんな、って……えっと、周りが急に暗くなったと思ったら、赤いモンスターが登場……空を飛んでます。翼が大きい。あ、黄色い目でこちらを睨んでます。わー、敵意剥き出しです」
「大変な大物……いや、そうじゃないわい!」
「えー?」
もどかしい、と、師匠は喚く。
「よいか、敵に遭遇したらまずスキャンせよ!」
「ああ、はーい」
彼女がスッと片手を差し出す。真っ白い柔らかな手は手入れが行き届き、ここが舞踏会の会場であったなら男たちがこぞってその手を取ったに違いない。
だがここはダンスホールでもデートに適した公園でもない。王都から馬車で半日ほどの場所ある古代樹の渓谷ーーの更に奥、要は、滅多に人の来ない秘境である。
「スキャン完了」
「よし、報告じゃ」
んー、と、彼女、ミガルティ伯爵家令嬢エルディーナは首を傾げた。桃色の艶やかな髪がさらりと流れる。
「何から言えばいいのかわかりませんけど、火属性の古代龍、しかも若いオス、発情期。名前はーービュル? かな? 一族からから離れて営巣地を探しにきた模様。奥さんがいるみたいですよ。で、その卵を人間に取られそうになってここへ来た。うーんと……長老の孫で一族の中でいちばんの戦闘タイプ、空が曇ったのは彼らが雨雲を呼べるからだそうですよ」
ずらずらとモンスターの属性や事情を述べる弟子に、師匠は焦った。
「……はやく逃げるか戦うか、用意せよ!」
「え? 唸ってるだけで、攻撃してくる気配はありませんが……」
唸り声は龍の警告じゃ、と師匠が叫んだが、生憎、古代龍の咆哮と重なって掻き消された。それどころか、咆哮と同時に強く羽ばたいたため、ワインレッドの夜会用ドレスの上に急いで羽織った黒い魔導士用ローブがはためいた。慌ててエルディーナがおさえる。
「ぐえええ」
「師匠、龍が炎を吐こうとしています! 迎え討ちますか? それとも逃げる?」
オロオロしたエルディーナが叫ぶが師匠からの返事はない。龍は構わず炎を吐きはじめた。
「いやーっ!」
ほぼ無意識に突き出した手から、ほぼ無意識に防御壁が展開され、龍の炎は弾き返されエルディーナは燃えずに済んだ。が、伯爵家に生まれて十八年、魔道士になってまだ数ヶ月のエルディーナにとっては全てが初めてのこと、不安と恐怖で動揺がおさまらない。手は震えるし、防御壁はやたらと頑丈なものになってしまった。
「師匠、師匠……どうしたらいいですか?」
「……」
「あれ?」
「……」
「師匠?」
師匠がいるはずの方向へ目を向けたエルディーナは、ぎょっとした。
「きゃー、わたくし、師匠を潰してしまったかしら!?」
慌ててグシャリと握っていたローブから手を離し、そっとポケットをのぞいた。
「あ、咄嗟に防御壁展開なさったのね。よかったわ」
そう、魔女の呪いによって手のひらサイズにまで小さくなった師匠がいるのはーー自分が纏っているローブの、内ポケット、なのである。
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