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今日は料理を見守っている。
私は普段からあまり料理をしない。
実家にいるときは母任せで、包丁もほとんど握らなかった。学校の調理実習とかも、面倒だな、嫌だな、と思っていたタイプだ。
今も冷蔵庫に野菜は入れてるけど、キャベツとかレタスとか、ちょっと洗えばそのまま食べられるものだけだ。
ナスとかゴボウとかは、私にはハードルが高い。がんばって買っても、そのまま冷蔵庫で朽ちていく未来しか見えない。
実は、ガスコンロで強火以外の選択肢を知ったのもつい最近だ。とりあえず強火で焼けば何とかなるんじゃないんだね。
そんな私が、今日は料理に挑戦している。
別に深い意味もなく、本当に気まぐれに思い立って材料を買ってきただけなのだが。
キッチンに立っている私を見て、ふこふこと寄ってきたとりがぎょっとしたように動きを止めた。
「マキが料理してる」
とりは心配そうに私を見上げる。
「大丈夫かマキ。何かよくないことでもあったのか」
「なんでよ」
私はとりの白いふこりとした身体を見下ろす。
「たまには私だって料理くらいするわよ」
「包丁の持ち方は分かるかマキ」
とりは手羽をぴこぴこと動かした。
「とがってる方が切れる方だからな。反対側で一生懸命ぎこぎこしても切れないぞ」
「分かってるよ、それくらい」
ばかにされている気がする。
「あー、マキが料理してるー」
ねこもふこふこと寄ってきた。短い腕をぶんぶんと振る。
「包丁使えるのー?」
「だから使えるってば」
「黒いほうが持ち手だからね。刃のほうを持つと手が切れるよー」
「それは完全にばかにしてるよね」
とりとねこに邪魔されながらも、危なっかしく材料を切り終えると、それを見守っていた二人が何かを持って帰っていく。
あ、絆創膏だ。
どうやら薬ケースから取り出してきて、待機していたようだ。
絶対に指を切ると思われていたらしい。失礼な。
「何ができるんだー」
材料を鍋でぐつぐつ煮ていると、とりがまた声をかけてきた。
「カレーだよ」
私は答える。
「変わったものじゃなくてごめんなさいね」
「カレーなら、レトルトがそこにあるよー」
私の戸棚の中をいつも正確に把握しているねこが親切に教えてくれる。
「うん。それは分かってるんだけど、実家のお母さんのカレーを再現してみようかと思って」
「あー」
とりがふこふこと頷く。
「そういえば最近、帰ってないもんなー」
その言葉に、ねこが反応した。ふこりと振り返る。
「とりさん、マキの実家行ったことあるの」
「もちろんあるさー。っていうか、住んでたからねー」
そういえば、そうだ。
このとりは、ただのもの言わぬぬいぐるみだったころに実家から連れてきたんだ。
「へー。僕も行ってみたいなー」
ねこがビーズの目をキラキラと輝かせる(ように見えた)。
確かに、ねこはこっちで一人暮らしを始めてから買ったので、実家には持って帰ったことがない。
「あ、ねこくんは現地スカウト組だっけ」
とりがなぜか少し偉そうに言う。
「ま、君もいつかは本社に行く機会もあると思うから」
本社って何だ。
まあ、いいや。さて、次は。
私は二人の会話を聞きながら、スマホを操作し、母から送られてきたレシピに目を落とした。
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