0人が本棚に入れています
本棚に追加
気象台所属天候研究所の所長サイラス・イグザミルは実験の失敗を知って、大きく溜息をついた。小規模ながら海底地震を起こし、《でかしたぞ! 台風はできなかったが、こりゃ怪我の功名じゃないか》と、通信でヒラ―防衛大臣に褒められたが、ちっともうれしくない。次の選挙で大統領になるかもしれないと噂されている有力議員だが、ヒラ―はタカ派として有名だった。
「いえ、大臣、必ずしも目標近くに地下水脈があるとは限りません、これはあくまでイレギュラーと考えた方がいいかと思います。干渉するのはあくまで自然ですから期待通りの効果が望めるとは限りません、とにかく今はデータを集める必要があります」
そう、返事をしておいて、
《ジョニーの奴、なんて気まぐれなんだ! 今度こそ成功させてみせるぞ!》と、サイラスは決意を新たにするのだった。
天候操作装置の実験機を彼らは隠喩で《ジョニー》と呼んでいた。彼らが生み出した《ジョニー》は地球の外から大量のマイクロウェーブを照射するのだが、もしこれを地上に向ければ、地上にいる人間など、体内の水分が蒸発して、あっという間に死んでしまう。このままでも、十分に兵器として転用可能な代物だった。
だがサイラスのチームは、あくまで平和利用にこだわっていた。その目的は天候を自由にコントロールすることだ。これが成功すれば台風や干ばつによる農作物のロスも防げるし、食料の争奪で戦争の種を減らすことだって夢ではない。
そこで彼らは、まず大気の流れを変える研究の一環として人工的な台風ができないか実験を始めた。
これは防衛省の強い要望もあってのことだ。
さすがにサイラスも「まず政府は軍事転用を考えるんだから、参ったよ」と、研究所員に愚痴を漏らした。
副所長のラムズも思わず苦笑いだ。
「でも、今度の失敗に連中は嬉しそうでしたよ、この調子で研究を続けてほしいそうです」
「物が壊れれば、連中は何でもいいんだよ、まったくこっちの気も知らないで……」
サイラスは苦々しい顔をした。
「またジョニーのマイクロウェーブの放射の量と強さを変えなきゃならんな、再実験は来月の二日にしよう。午後からミーティングだ、なんとしてでも、天候操作のみに限定してジョニーは開発するぞ!」
と、発破をかけられラムズは「わかりました」と、まじめな顔に戻った。
「誰も好き好んで殺人兵器など製造したくないですよ、わたしもオッペンハイマーの後継者なんてごめんですからね」
と、言いながら、ラムズが部屋を去った後、サイラスはモニターで今までの研究データに目を通し、失敗の原因を探り始めた。
《マイクロウェーブを海面に当てて、水の分子を震わせることで熱して、水蒸気を大量発生させれば台風が起きる》
そう考えていたが、「まさか、海底の下にある地下水脈まで熱していたとは思わなかった」と、サイラスは頭を掻いた。
膨張した地下水が周辺の岩盤を崩してしまったのだ。当然、そのショックで地面はぶるぶると震える。
彼はジョニーの設計図のチェックを始めた。
「宇宙船の船首につけられたマイクロウェーブの照射板の角度には問題がないようだ……。なら、問題は波の周波数か?」
サイラスは左右の触手で三つの目をこすった。
昨夜から、よく眠れていない。
了
最初のコメントを投稿しよう!