一、初夏、小さな果樹園《ヴェルジェ》にて

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 それから息つく暇もなく、庭園の芝刈り、伸びたツゲの葉の形を整えて水やりをしたり、脚立に登って剪定鋏(せんていばさみ)で白鳥のトピアリーの手入れをした。他にも覚えることがたくさんあって、あっという間に日が暮れた。  果樹園はまた明日やろうとマルコさんは言い、庭道具を小屋に二人で戻すと彼は今日は子供の誕生日でお祝いをするんだと嬉しそうに言い、小屋の裏に停めてあった軽トラックに乗っておつかれさんと帰って行った。彼は小学校に通う十歳の息子が一人いるらしい。写真を見せてくれたらお父さん似で、首に金ピカのアクセサリーがたくさん下がっていて同じ黒色の開襟シャツを着て親指を立てていた。紫のレンズのサングラスを頭の上に付けてカメラに向かってかっこつけたようにガンを飛ばす姿は可愛い小さなギャングみたいだった。  ここの仕事は午前九時から午後五時半まで。休憩はその間なら一時間、好きな時間にとってよいことになっている。城の庭園も基本的に同じ時間に一般開放されているので、観光客が庭仕事の間もすぐそばで自由にやって来れる。私も作業中に何度か庭について話しかけられた。  スマホの翻訳アプリを使って答えると各地の言語に対応できて、簡単な会話はすることができた。日本から来て城で暮らしていますというとたいてい驚かれた。住まいを見せてと言われてシャトー・ローズと庭を写したスマホの写真を見せると興味深そうに見てくれる老婦人もいて、まだ庭は未完成なんですと言うと、がんばってねと激励してくれた。その言葉にうなずきながら思う。 いつかシャトー・ローズもこのヴェルジェ城の庭みたいに人で賑やかになるといいなぁ。
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