一、初夏、小さな果樹園《ヴェルジェ》にて

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 着替え終わって更衣室を出た。作業用に支給されたモスグリーンの長靴をロッカーの中に入れて、履いてきた白いスニーカーに履き替えた時、アルマさんが引き戸を開けて汗をタオルで拭きながら入って来た。 《おつかれさまです》  日々の勉強の成果か、フランス語の日常会話はだいぶ理解できるようになってきていた。フランス語で声をかけると、アルマさんは私をじっと見つめ、丸い目を細めた。けれど、何も言わずに目を逸らして更衣室にスポーツバッグを持って入ってしまった。 「……」  ぱたんと閉められた更衣室のドアを見てつい短い溜息が出てしまう。それが彼女の性格だと言うならば仕方のないことなのかもしれない。でも仲良く話せたらいいなぁと願ってしまうのはわがままだろうか……。  そこに水の入ったバケツを持ったオトュールさんが引き戸を開けて戻って来た。 《やあ、蕾、おつかれさま》 《おつかれさまです》 《ほら、見てよ。マルコの息子の学校の子供達が明日野外スケッチに来るから見せてあげようと思ってさ》  バケツの中を見ると白い身体に赤と黒のまだら模様が入った大きな錦鯉が一匹泳いでいる。
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