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「はっ!」
「————やあ。やっと起きたのかい?」
私は反射的に喉に手をやった。
その次は心臓だ。
呼吸があるし、脈もある……私は汗びっしょりになりながら、目の前に鎮座する『黒いカニ』をまじまじと見やった。
私は死んだ。
そう思った。
けれども現実はそうなっていない。
生きている。
ふいに。私は、自分を囲む光景が異様なことになっているのに気がついた。
どうやら、奇妙な玄関に飛ばされてしまったかのようだった。
闇の中にぼんやりと浮かび上がっているのは……青いクリスマスツリー、橙赤色の目玉の浮いたカーペット、そして黄土色の花や木の葉が積もった雪のように絡み付いた丸いドア……。
私は盛大に混乱した。
「だ、ど、どうし……いや、まさか……」
「落ち着け。」
静かな声が私の耳を打った。ついさっき私を殺したばかりの黒いカニの声だった。
「落ち着け、そこのきみ。」
ゴクリと、私は唾を呑んだ。
なんと言ったって、「じゃあ。一回死んどいてね。」などという物騒な言葉を浴びせてきた相手だ。同じ口から落ち着くように頼まれても困惑する。
しかし不思議なことに、黒いカニから、すでに殺意は感じられなかった。
黒いカニは、桃色にぼんやりと輝く玉を、しっかりと抱えながら私を見上げていた。
その口が、再び開く。
「きみが何を不安に思っているのか、よくわかる。けれど、ぼくが殺し屋だったのは、夢の中の話だよ。そしてきみは夢から覚めた。つまり、何も心配することはないんだ。」
「は……はあ…」
黒いカニは、一つ一つ言葉を噛み砕くようにして、ゆっくり喋ってくれた。
なんということだろう。彼は、本当に私を落ち着かせようと試みているようだった。
そういう気遣いが、感じられた。
「全部説明するから、聞いてくれるかい?」
私は、ゆっくりと頷いた。そうするしか、なかった。
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