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黒いカニは、桃の玉を掲げてふってみせた。
「これ、ぼくの水晶玉だよ。占いに使うやつ。」
きらり。不思議な透明感のある玉が、妖しげな光をともして明滅した。私がそれに釘付けになっていると、黒いカニはさらに言った。
「ぼくはこれを覗いて、きみが命の危機にあることを知った。通りすがりの見知らぬ人間だけど、さすがに見捨てるわけにはいかない。……と、いうわけで。ぼくは催眠術師のポケットに格納されたきみを助けにきたわけだ。」
「……ちょっと待って。今、“ポケット“って言った?」
「そうそう。」
黒いカニは、頷いてハサミを一本立てた。
「ぼくたちは今、うーん、そうだな。『悪い魔法使いのコートのポケットへ放り込まれた挙句にアジトへ運ばれている』……とでも言えばたとえとしてわかりやすいかな?とにかく、夢を見続けていると消化されちゃうため、ぼくがきみの夢の中に侵入してきみを殺し、意識を覚醒させてあげた。感謝しなよ?ぼくだって、ここへの潜入は命懸けだ。」
私は目をぱちくりさせた。
『催眠術師のポケットに捕まり』『アジトへ運ばれている』『夢を見続けていると消化される』などと、黒いカニは言っている。
具体的にどうなるのかイマイチわからないが、その全てによくない響きを感じるのは確かだ。
その状況から助けてくれたのだとすれば、確かに黒いカニは命の恩人と言えるのかもしれない。
そして、もしもそうであるならば。
あの、夕暮れ時に出会った辻占いの言葉『ポケットの中の相棒が、あなたの命を救うでしょう。』とも矛盾しないような?
黒いカニに、今すぐ感謝をするべきなのだろうか。
全てを信じて、私のこれからを任せるべきなのだろうか。
……そうは思えない、と私は思った。頼り切りになるには、黒いカニと信頼関係が築けていない。単純に怖いし、私はまだ、とても不安だった。
私は不安げに、黒いカニに声をかけた。
「……か、カニさん……これ、まだ夢の世界なんじゃ……。」
「うん?」
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