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「…いや、あの。この場所へんだし、黒いカニが喋るとか、私ぜんぜん現実感がなくて……その。」
私がしどろもどろに言うと、黒いカニは「あー。」と声を上げた。
痛いところつかれた、と呟くように言って、黒いカニは私の顔を見上げた。
「……うん、確かに、きみの想像どおり。催眠術師のポケットの中は、正確には現実とは言えない。————だって、」
————カンガルーに魔法をかけて、お腹の袋を加工した、悪趣味極まりないポケットつき。
————そこに術師の夢をまぜこんで、結界を張った、奇っ怪な夢の世界。
————禁術を禁とも思わない、外道どもの仕業の産物であるのだから。
「……はい?」
「まあ、占いの世界は怖いってことだけ覚えててもらえばいいよ。ぼくだって、好き好んでこんな人助けしてるわけじゃない。ただ、こういうのは放って置けない事情があって……。」
私にとって全く意味のわからない言葉を羅列し始めた黒いカニだったが、ふと唇を噛むようにして、言葉を途切れさせた。
「……ぼくの悪い癖だ。悠長に物語ってる場合じゃなかった。」
そして、さっと顔を上げて私の顔を覗き込む。黒いカニは、怖いくらいまじまじ目を合わせたまま、こんなことを言った。
「今から、きみを元の場所に飛ばす。ぜんぶ、悪い夢にしてやるよ。」
————元気でな。
えっと思う暇もなかった。
黒いカニが、『三角、四角、丸にて構成されし結界を対象に設定変更を要求。私、———の名の下に平和の象徴『ピース』を追加します。条件達成を承認して……』と呪文のような文言をぶつぶつ呟き始める。
と、同時に、どんどん景色にモヤがかかり出した。
「えっ……待っ!」
くるり、と黒いカニは私に背を向ける。
その姿は影のように伸び、灰色に揺らぎ、いつか見たことがあるようなものに変じていった。
(一体、あれは誰だっけ……)
必死に回転させた頭の中で、何かがつながる。
————“そうだ!”
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