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「ポケットの中の相棒が、あなたの命を救うでしょう。」
辻占いの不思議な人にそんなことを言われたのが、夕暮れ時。日が沈んで、夜になって。そして今、私はお金の無駄だったかしらと思ったことを、とても反省していた。
私の家の、インターホンのボタンが押されたのだろう。ドアがりんごんと鐘を鳴らす。
「ただいま。」と返事をして開けてみれば、不思議な海の香りがふっと鼻をくすぐった。
みれば、黒いカニが、桃色の玉を持ってやってきたのだった。
そして黒いカニは、私がドアをばたんと閉め直す前にするりと中へ滑り込んできた。
「ぼくは殺し屋だ。」
黒いカニは、そんな風に名乗った。
「殺し屋って……えっと、殺す人……ですか?」
「うん。」
頷くカニを、私は一蹴できなかった。
ばかばかしい。よっぽどそう言いたいのに、どうしてか私の口の中はカラカラになっていた。
目の前のカニから、感じるのだ。
……本当の凄み、というものを。
きっと、そう。この生き物は、本気の覚悟を決めてここへやってきた。一体、何をしに?それは親切にも、さっき相手が教えてくれた。
恐る恐る、私は勇気を振り絞って、もう一度口を開いた。
「お金とか積まれて、私を、その……ハサミとかで両断するために……?」
「お金は積まれてないけど、確かにそういうことだな。」
私は青ざめた。
ゆっくりと、危機感が体の芯へ染み込んでくる。南極の海の氷に閉じ込められた鯨のイメージが、ふいに脳裏に閃いた。……怖い。とても怖い。濃厚な死の匂いを感じてしまって、胃の腑が怯えている。
どうにかしてこの殺し屋から逃れなければならないと、私は後ずさりをした。
「無駄だよ。」
「う……うん…」
「きみを助けてあげる相棒は、この世界に誰もいないんだからね。」
————相棒。
目を見開く。
そういえば、と私は思い出した。
辻占いの、うすい灰色のベールを被ったあの人が言っていた。
“ポケットの中の相棒が、あなたの命を救うでしょう。”
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