今でも貴方を

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 久しぶりに顔を合わせた彼は相変わらずイケメンで体格が良い。黙っていればクールで隙がない。しかし彼が笑うとその少年のようなあどけなさが見る者を魅了させてしまう。何もかも以前のままだ。彼は年を取るという事がないのだろうかとさえ疑ってしまうほどに。 「お久しぶりです」 「ああ。君か。最近よく売れてるようだね?今回一緒だったけ?」  何気なく問いかけられた言葉に一瞬凍り付いた。だがここで胸の内の動揺を見せるわけにはいかない。咄嗟に笑顔を張り付ける様に演技をした。 「ええ。またご一緒させていただきます。よろしくお願いします」 「そっか!わかったよ!よろしく頼むね!」  にこにこと笑顔でスタッフに挨拶をしながら楽屋入りする彼の後姿を見送るとその場に僕はずるずると座り込んでしまった。 「は、はは。共演する俳優の名前も目にしてないのか……」  わかってはいた。彼は売れっ子俳優で次々と仕事をこなしていく。その中の一作品で過去に僕とたまたま一緒になっただけだったってことは……。 「今のって、いつも通りだったよな?ちゃんと僕は挨拶できてたよな?」 「よーい!スタート!」  モニターに映し出される彼は役その者になっていた。いわゆる憑依型と呼ばれる俳優で、ドラマが始まるとその役に身も心も成りきってしまうらしい。  彼は僕のデビュー作のパートナー役だった。悪の犯罪組織を社会から抹殺するために共に闘うドラマだった。死闘の中ではぐくまれる厚い信頼と友情。どんどんと親密になっていく仲。彼は撮影中だけでなく撮影がない合間もずっと役のままだった。誰よりも僕を優先してくれ優しく笑いかけてくれて頼もしかった。徹夜明けで二人で寄り添って一つのベットで寝落ちした事もある。気分が高まりあって抱き合ってそういう感じになったことさえある。  撮影後半で僕が毒を飲まされた時に彼が口移しで解毒剤を飲ませるというシーンがあった。世論は仲が良い主人公二人を好感していたため、一種のお茶の間受けを狙った演出だった。僕は躊躇したが彼は当たり前のように僕に口づけをし、熱く抱擁までして本気で涙を流した。その時の彼は役に徹していた。親愛する自分の唯一のパートナーを助けるために身を犠牲にしてもかまわないとそう思い込んでいた。  だが、僕は僕自身だったのだ。パートナーという役に成りきれず彼自身に恋をしてしまった。  ドラマが終わり、番宣もすべて終わると彼は急に人が変わってしまった。僕に対してこれまでの親密度はなくなり、他のスタッフと同じような扱いとなってしまった。聞けば次のドラマの役づくりを始めたという。そうなのだ。彼は憑依型の俳優。その役に入り込むために今までの人格や風貌まですべてその役に成りきってしまう。もう、僕が今まで対峙してきたパートナーと言う役ではなくなってしまったのだ。当然の事だった。相手は俳優。そして僕も新人とはいえ俳優なのだ。これからは互いにライバルとして舞台や撮影に挑まないといけない。  頭の中ではわかってはいた。わかってはいたが心はずっと悲鳴をあげている。 「会いたい。僕を求めてくれていた時のパートナーの彼に会いたい」と。  例え役であったとしてもいい。もう一度僕をあの時のように見つめて欲しい。彼にもう一度会いたい。  数年がたち、僕は再び彼と共に肩を並べるようになる。僕は脇役だが彼とのドラマの共演が決まり、天にも昇る気持ちでこの日をずっと待ち望んできた。  だけど、やはり彼と僕では想いが違う事を身にしみて感じてしまった。僕はきっと過去のドラマで相対した彼が演じた役に恋をしただけだったのだろう。 「はい!次っ。シーン2に入ります!」  スタッフの掛け声と共に僕は彼の前にたつとセリフを言った。 『会いたかったよ』 ◇◆◇  数年ぶりに会った「彼」はもう新人ではなくなっていた。俺はホッとしたと同時に会えた嬉しさと懐かしさを同時に噛みしめた。会えた照れ隠しに共演と決まったことも知らない素振りをしてしまったほどだ。  世間では俺の事を憑依型俳優などと言ってくれるが、何のことはないただその作品に身を置きたいだけだ。俳優なのだから役に成りきって当たり前だと思っている。  だが、「彼」はあまりにも人懐こくて可愛かった。これは仕事だと言いつつ彼と共に居れることに感謝した。だが、撮影が終わると俺の手から離してやらないといけない。新人の彼を俺ごときが汚してはいけないのだと。そう思ってわざと自分から距離を置いた。  目の前で彼のシーンが始まった。俺の目をまっすぐに見て彼がセリフを言う。 『会いたかったよ』 ――――俺の心が再び震えた。
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