花と導きの魔法

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 この国では魔法使いは忌み嫌われている。  つづら折りにバスが差し掛かったのが車窓から分かり、たった一人の乗客である芽衣は降車ボタンを押してから斜め掛けしたポシェットからスマホを取り出した。魔法使いについて詳しく書いてあるサイトを開き、改めてその記述を読む。  ――五十年前の大戦の最中に突如現れた魔法使い達は空を飛び、爆撃を操り、汚れた水を浄化し、人々の傷を治癒した。老若男女の六人、姿を確認出来た人数であるからもっと存在したかも知れないが、彼らは終戦へと導き、瓦礫と化した街を復興させて新たな技術開発の協力も惜しまなかった。まさに英雄であった。しかし、最初は歓迎された魔法使い達は次第に迫害されていった。魔法についての知識を独占し、いつか人間に危害を加えるだろうという理由からであった――  芽衣はポシェットの中に洋型封筒がちゃんと入っている事をそっと確認した。バスが止まり、スマホを仕舞って降りようとした芽衣は運転手に話し掛けられた。 「お嬢ちゃん、もしかしてあの洋館に行くのかい?」  五十代くらいの運転手の男は子供一人でこんな所でバスを降りる芽衣にそう訊ねた。 「はい。運転手さんは、あの洋館に魔法使いが住んでるって知ってますか?」 「そりゃあ、有名だからね。でも誰も入れないって話だよ」  つづら折りの天辺に建つ洋館に魔法使いが住んでいる。スマホで調べれば分かる事で、中に入ってやろうと挑んだ者は多いけれど今まで誰も“あの洋館”に辿り着けていない。荘重な門をあっさり通り抜けられたと思ったら和風建築の廃墟に居ただとか、延々と続く花畑に居ただとか、そういう話しか残されていなかった。怪我人などの被害は今のところ出ていないが、それは帰れなくなった者が居ない場合の話だ。行方不明者の原因を魔法使いの所為にする者は少なくない。  運転手が視線を少し逸らして急に表情を強張らせた。 「俺は注意したからね。……早く降りてくれ」 「あっ……はい。ありがとう御座いました」  運転手はもう芽衣の方を少しも見なかった。バスを見送った芽衣はその理由をよく分かっていた。芽衣の耳には丸くて赤いピアスが付けられている。赤子の時からずっとピアスをしていて、芽衣はお守りだと思っているが、そのような風習はこの国にはなかった。芽衣の家系の影響という訳でもなく、親族の子供でピアスをしているのは芽衣だけだった。加えて、“ピアスをしている子供は魔法使いの擬態だ”という噂の所為で運転手は急に警戒をしたのだろう。  芽衣は眼下の景色を眺めてから、気を取り直して洋館を目指した。バス停のすぐ傍から草木に囲まれた細い煉瓦道が続いており、その先に魔法使いが住む洋館がある。木漏れ日が落ちる煉瓦道の穏やかさに、芽衣は散歩しているような気持ちで進んで行くと五分程で門が見えて来た。芽衣は嬉しくなって顔を明るくするが、視界の端に小さな赤い光が見えた気がして反射的に後ろに振り返った。辺りを見回すがそれらしき物は何もない。気の所為かと思いながらも芽衣はきょろきょろしながら門に近付いて行った。  切り絵のように模様を描くロートアイアン門扉は芽衣の背丈よりずっと高い。芽衣は見上げていた視線を戻して広い前庭の奥にやった。二階建ての三角屋根の洋館は白い壁で窓が並んでいて、右側に塔のような部分があった。まるでお城のようだが、自然と共に息づいている印象を与えた。聞きなれた鳥の鳴き声も、この場所では特別な意味を持っている気がして来る。芽衣が見入っていると門が突然開き始めた。来訪者を罠に誘い込むように、無防備を装って門は開いた。  ――魔法使いに会えますように。  芽衣は心の中で祈って、斜め掛けしたポシェットをひと撫でして一歩踏み出した。
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