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自分の足音と鼓動の音が耳に付く。前庭の花壇に咲いた小さな花や青空は、門の前で見た景色と変わりないまま芽衣は洋館へと近付いていた。辿り着けないという話は嘘だったんじゃないかと思い始めていると、また小さな赤い光が見えて芽衣は勢いよく振り返った。
「あっ……!」
芽衣は驚いて声を漏らした。すぐ傍に金髪の少年が立っていて二人の間には二歩分の距離しかなく、少年も芽衣と同じように驚いたようで水色の瞳をまあるくしていた。
「……あなたも、魔法使いに会いに来たの?」
芽衣は仲間かも知れないと思って、そっと話し掛けた。芽衣と同じくらいの背丈の金髪の少年はそれに対してニコッっと微笑んだ。
「きみは魔法使いに会ってどうするんだ?」
ふわりとした金髪は陽だまりのようなのに、少年の声はどこか冷たかった。
「手紙を渡したいの」
「手紙? まさかファンレターとかか?」
芽衣は同じ年頃の少年に緊張を緩めて笑み混じりに返事をした。
「違うよ。私じゃなくて、おじいちゃんが書いた手紙。ルークって魔法使いに渡したいの」
その瞬間、金髪の少年の表情が真剣なものになった。水色の瞳が芽衣を上から下まで見て、また芽衣を見つめた。芽衣が少し困惑していると、金髪の少年が指揮者のように右手を動かした。そよ風も起こせないその動作の後、芽衣のポシェットがひとりでに開いて洋型封筒が生き物のようにひらり、と少年の手まで舞った。
「何で封をしてないんだ?」
金髪の少年はさも当然のように洋型封筒から便箋を取り出して文字を目で追う。
「か……返して! 勝手に読まないで!」
ぽかんとしていた芽衣が我に返ってそう声を張るが、金髪の少年は意に介さない。
「あなた、魔法使いだったの!?」
芽衣は手紙を取り返そうと手を伸ばすが簡単によけられてしまった。金髪の少年は芽衣が近付いた分だけ遠ざかって行く。芽衣が足を止めて睨みつけていると、金髪の少年は微笑みを浮かべた。先程とは違って相手を挑発する表情で、金髪の少年が手紙を持った手を眼前にやると、手紙が火に包まれて一瞬で消えた。驚きと悲しみの色をした芽衣の瞳を見て金髪の少年はそっと目を伏せた。
「分かっただろう? 魔法使いはこういう生き物だ。次はこの程度では済まないぞ」
「酷い! 魔法使いじゃなくてあなたが性格悪いからでしょ!」
芽衣は泣きそうになりながらも言い返した。大切な手紙を燃やされて怒りが沸き上がっていたが、それはすぐに萎れていった。
「どうしよう……おじいちゃんの手紙なのに」
芽衣がそう呟いて俯いていると、視界に見覚えのある洋型封筒が差し込まれた。
「えっ……!?」
「燃やす振りをしただけだ。あのまま逃げてくれれば、きみのバッグに戻すつもりだったが……まさか反論してくるとはね」
芽衣は受け取った手紙を隅々まで確かめた。
「燃やしたのを元に戻したんじゃない。振りをしただけだから本物だ」
芽衣は胸を撫で下ろした様子で大切に手紙をポシェットに仕舞ってから金髪の少年に向き直った。
「まずは謝って」
不満そうな声が意外な事を言う。金髪の少年は両手を顔の横に挙げて降参のポーズをした。
「ごめん」
「うん……。もうしないでね」
そう言いながら芽衣の片手はポシェットを体の後ろに隠すようにしていた。
「お詫びに洋館へ歓迎しよう」
「……本当に?」
「警戒心を持つ事も大事だ。一つ偉くなったな」
「性格悪いって言った事、怒ってるの……?」
「取り消すか?」
芽衣は迷った後、首を小さく横に振った。
「それでいい。きみに危害を加えないと約束しよう。それから、きみが会いたがっている魔法使いのルークは――俺だ」
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