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「あの……一つ聞いていい?」
「何だ」
三人はまたソファに座ってお茶を飲みながら話す。
「ルークは子供の振りをしているの?」
「容姿の事なら答えはノーだ」
「魔法使いの力に目覚めると身体の成長はそこで止まって長生きになるの。私が魔法使いになったのは終戦後だったけれど、こう見えて結構な歳よ」
「俺よりは若い」
ルークと麗花は冗談めかして言うが、芽衣は果てのない道の入り口に立たされたような気持ちになっていた。
「芽衣はまだ戻れる。そんな顔しなくていい」
ルークの水色の瞳は優しくて、嘘を言ってるようには芽衣は思えなかった。
「戻るって……どうなるの?」
「俺がピアスを元に戻す。それから、魔法で今日の事を忘れさせる。芽衣は今までの生活に戻る」
ルークは生徒を言い聞かせる教師のような口調で言った。芽衣が顔を向けると麗花も優しい笑みで頷いて同意を示した。
「だが、いつかピアスは壊れて芽衣は完全な魔法使いになる」
「今すぐは、だめなの?」
「子供の姿は不便だ。俺が言うんだから間違いないだろ。魔法で姿形をずっと変えてるのは疲れるからな」
芽衣はルークと麗花を交互に見てから、花の形となったピアスに指先でそっと触れた。
「今日の事忘れたくないよ」
「完全に魔法使いの力に目覚めたら今日の事も思い出すさ」
「本当!?」
「ああ。また花が咲いたら会える」
「そうよ。芽衣はきっと素敵な魔法使いになれるわ。その時は仲良くしてね」
麗花は芽衣を励ますように言った。
「うん。麗花、ありがとう」
「他に訊きたい事はあるか?」
ルークにそう言われて芽衣は別れが迫っているのだと分かった。芽衣は深呼吸を一つしてから口を開いた。
「魔法使いがいつか人間に危害を加えるって言われてるけど、そんな怖い事しないよね……?」
ルークは麗花と顔を見合わせたが、すぐに芽衣に向き直った。
「命を一瞬で消し去る事も、永遠に苦しめる事も出来る。――でもそれは、魔法使いじゃなくても出来るだろう。意思は時に魔法をも凌駕する」
芽衣に名前を訊いた時、“言わせる事は出来るが骨が折れる”とルークは言っていた。強い意思が自分にあるのだろうかと芽衣は思った。
「魔法使いを受け入れている国もない訳ではない。芽衣は魔法使いになる事は避けられないが、選択肢はちゃんとある」
「じゃあ、ルークと麗花は何でこの国に居るの?」
「終戦後に俺たち魔法使いは散り散りに暮らして、これから現れる魔法使いを保護する事にしたんだ。魔法使いの気配はすぐに分かるからな。魔法も学ばなければ上手く扱えない」
「私はルークに保護して貰って、勉強しながらルークの手助けをしていきたくてここで暮らす事に決めたのよ」
「ルークが先生って事?」
芽衣がそう言うとルークは挑発するような表情をした。
「そうだ。……とは言え、魔法使いに年功序列はない。トラブルを起こさなければ、どう生きるかは自由だ」
ルークは徐に立ち上がり、ローテーブルに置かれた芽衣の分のティーカップにそっと手を翳してすぐに離した。ティーカップ全体が波紋のように揺れる中を流れ星のような光が通った――ルークはお茶に魔法を掛けた。
「さあ、芽衣。これを飲むんだ」
ティーカップを両手で受け取った芽衣が覗き込むと、冷めていたお茶は温かくなってキラキラと輝いていた。
「怖いか?」
「ううん。飲むのが勿体ないくらい綺麗だね」
「それを飲んだら芽衣は眠り、目が覚めた時には元通りだ。きみを家まで無事に送り届けると約束しよう」
「うん……私、ルークと麗花に会えて良かった。絶対また会おうね」
「ああ」
「待ってるわ」
二人に見守られながら芽衣はお茶をごくりと飲み込んだ。途端に瞼が下りて芽衣の意識は眠りの底に辿り着き、ピアスも丸い形に収まった。ルークは芽衣の手から取り上げたティーカップをローテーブルに置くと自身に魔法を掛け、波紋と流れ星の後に青年の姿へとなって、小さな身体の芽衣をそっと抱えた。
「芽衣を送ってくる」
「いってらっしゃい、ルーク」と麗花は金髪の青年を驚きもせずに見送った。
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