0人が本棚に入れています
本棚に追加
彼氏とかいないの?と聞かれたことがない歴年齢。私、義咲美子(ぎざきよしこ)は、もう三十路に片足を突っ込んでいる。そもそも、「彼氏いないの?」と聞かれるのは、ある程度の美人だというのが私の持論だ。何故かというと、美しいという字が入っているのに、全然美しくない私、美子(よしこ)は、名前のせいでいじめられたくらいのブスであるから、そもそも「彼氏いないの?」ではなく、いないことはわかっているから気を使って聞いてこないのだ。
目は寝ているのか起きているのかわからないくらいの一重で、申し訳程度にある鼻と、色素の薄い唇。体が細いが、胸はFカップで、身体には自身がある方だったが、30にもなると、もう使うことはないであろう胸の脂肪は放っておけば垂れていくだけで、何の役にも立たない、ただただ肩がこるだけのお荷物でしかないことを悟る。
髪の毛は当然くせ毛で手入れもしていない無造作なもじゃ髪を、無造作に一つに縛っているだけだ。当然美容院にももう幾分かいっていない。そもそも美容院という場所が好きではない。キラキラした明らかに住む世界が違う若い男女が無遠慮に見ず知らずの初めて会った自分のプライベートを、接客としてなのか、話すことがないと暇だからなのか、話していないのを他の美容師に見られると盛り上がっていないとみられるのか知らないけれど、聞き出そうとしてくる恐ろしい場所だ。行きつけの美容院があったのだが、そこはおばあちゃんがやっていて、耳が聞こえずらいのか一切会話がなくて心地よかったし、こちらが何か話しかけても聞いていないから、永遠と仕事の愚痴を話続けていたりもしたこともあったっけ。そんなおばあちゃんが半年前に亡くなったらしく、その美容院が閉店した。
私は当時葬式に参列したいくらい悲しかった。自分はもうどこで髪を切ってもらえばいいのだろうか、とそんな愕然とした気持ちを抱えながら閉店した無人の店をぼんやりと眺めて立ち尽くしていたが、しばらくすればその光景にもすっかり見慣れ、店が取り壊されるのを見る時でさえ、横目に見ながら平然と通り過ぎていた。
自分がいい人間ではないのはわかっている。性格が捻くれていて、素直じゃなくて、歪んでいる。そんなことはわかっている。しかし、私はこう思う。生まれ持っての環境や容姿のせいで性格が歪んでしまったのだから、仕方ないじゃないかと。ゆで卵を生卵に戻すことができないように、もう私は様々な形に変えることができる卵から、社会にもまれ、学校でいじめられ、人間関係を重ねていくうちに、立派な固ゆで卵へと茹で上がってしまった。子供の時から少しずつ時間をかけて茹で上がっていった私の歪んだ人格は、そう簡単に柔らかくなるものではない。一度ぐしゃりと卵を潰して、ぐちゃぐちゃにかき混ぜて、胡椒を散々振りかけて卵サラダにでもしてくれれば少しは味が変わるかもしれないけれど、まずい固ゆで卵であることは変わりないのだ。
そんな私を両親は救ってくれなかった。美子だなんて、心も体も美しい子になりますように、だなんて無責任な名前をつけておいて、どんどん成長していくうちに私はお父さんとお母さんの悪い部分だけを抽出し受け継いだ子供になってしまった。切れ長の眼だが、鼻が高くて唇の薄い父と、鼻は低いが唇はぽってり厚くて目がぱっちりな母親。どちらもモテたという。美男美女同士の結婚だと周囲から喜ばれたという。そんな両親から生まれた私はあまりにも2人の理想とかけ離れていたのだろう。すぐに新しい子供を作り、2人の美しい部分を切り取ったような妹、艶華(あでか)が生まれた。名前にも華があって、艶華は美人で、2人は妹ばかり可愛がるようになった。私は子供の頃から嫉妬と、コンプレックスを叩きこまれる英才教育を受け、どんどんぐちゃぐちゃに歪んでいった。
そんな私が堕ちるところまで堕ちなかったのは、幼馴染の貴子(たかこ)の影響が大きい。貴子と私は家が近い幼馴染で、いつも一緒にいた。貴子が一緒のクラスじゃない時に私は唯一いじめられたけど、貴子が一緒のクラスになったらいじめはぱたっとなくなった。貴子は、美人で優しくて、人気者だったからだ。美人は嫉妬されていじめられるというパターンもあるけれど、貴子は男子の人気者だったから、女子は逆にそのせいでなかなか手を出せなかったらしい。
最初のコメントを投稿しよう!