ごめんね、美子

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私は影で貴子の引き立て役と呼ばれていたけれど、私は貴子が本当に私のことを引き立て役だと思ってくっついてきていたのか、そうは思えなかった。そこが、歪んでいる私にストップがかかったところである。本来の私なら、というより今の三十路の私があの場にいたら、絶対貴子は私のことを引き立て役で自分を美しく見せるための歪んだ花瓶だと思っているんだと思っていただろう。 しかし、当時の私は何故かそうは思わず、歪みながらも、妹に嫉妬しながらも、貴子には暗い感情を抱かず、闇を見せず、ただただ一緒にいたのだった。 「嘘、貴子に合コンに誘われた……」  最近勤めている工場でパートのおばさんの娘さんが結婚したという話になって、私は何かを言われたり気遣われる前に「私はもう30に片足突っ込んでるけど出会いがないからそんな風に健全に出会えていいですねー」などとおちょけてみせた。そんな私に周りの2人もなんと返せばいいのかわからないといった様子で目配せして、愛想笑いして話は終わった。  出会いがないから~は自分を守る楯である。しかし、いざ出会いがある、チャンスに出会うと、そんなチャンスをふいにしてしまいたい衝動に駆られる。共学に通っていてもいっさい浮いた話はなく、むしろ男女の笑いものにされていた時さえあったというのに、30になって降ってわいた合コンという煌びやかな社交場。私には全く縁がない言葉だ。そもそも、大学へは行かず、高校卒業と同時に工場の事務に就職して、男ばっかりの職場に少し浮足立ちながら入社して、若くて可愛い子はどんどん結婚して辞めていく中、賞味期限ぎりぎりの納豆のように残っている私に、合コンである。ああ、なんだか笑えて来た。  帰宅後、「合コン……合コンかあ、私が?ははははっ」と呟きながら噴き出す私は、酔った勢いでOKと返事をしてしまった。関西で仕事をしていた貴子が、転勤でこっちに戻ってきて、貴子の大学の独身を集めて合コンすることになったらしい。女側の人数が圧倒的に足りなくて、友達を連れてきていいって話になって、私を誘ったらしい。 私は、貴子に久々に会えるのも嬉しかったし、死ぬ前に一回社交場にでも出てみるか、なんて私にしては珍しくポジティブで前向きな考えで、OKした。一応あの貴子の友人として出席するのだからと半年ぶりにお洒落な美容院に行って、服も買ってみた。ネイルも買ってみた。仕事に行くときは薄化粧だが、メイクも少し気合入れてやってみようと高い口紅を一本買ってみた。試しに一度家に帰宅して口紅を塗ってみることにした。 「ずっとマスクしてたから気づかなかったけど、私ってこんな顔だったんだ」  口紅をひくと、なんだか自分の顔が少しましな気がした。もしかして私って、まだまだいけるんじゃないか?そんなことを一瞬考えたが、ころりと机から転がった高い口紅を拾い上げると、「勘違いするなよ」と言われているような気がして。一本4900円。私の今着ている寝巻は去年の3月にワゴンに入っていた激安490円の青いボーダー上下セット。毎日着ているから毛がそばって埃がついたみたいに生地がけばけばになっている。
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