ごめんね、美子

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そういえば、と私は化粧品で思い出したことがあった。  一度私は両親に、少しはましになるだろうと化粧品を買ってもらったことがある。高校の時、周りのクラスメイトは当たり前にメイクをしていて、メイクが崩れるからプールを拒否している子がいたくらいだ。 メイクをするのは当たり前だったのに、貴子だけはメイクをしていなかった。だが、貴子は顔に絵の具を塗らなくても十分綺麗だった。 クラスの隅にいた陰みたいな早田さんでさえ、眉毛をかいていたのに。でも、貴子は眉毛をかかなくても眉毛は線を引いたようにすっと整っていたし、色付きリップを塗らなくても貴子の小さな蕾は、鮮やかに染まって潤っているように見えた。私は、そんな貴子を見て「美人は何もつけなくてもいいからいいよね」なんてクラスメイトみたいなことは言わなかった。  合コンは、一週間後。私の職場から電車で4駅の居酒屋で行われるらしい。  私の中の合コンって、お洒落なカフェでってイメージだったけど、今の合コンはもっとラフなのかな、なんて思いながら合コンに行くことを職場のパートのおばさんに話すか否か考えていた。  パートのおばさんがたまたま合コンの話を出してくれば、その流れにそって私も「合コン行くんですよ」なんて言えるけれど、急に合コンに誘われていく話をしたらなんだかこの年になって合コンに行くことに浮足立っているイタイ女になってしまうんじゃないだろうか。 「義咲さんさあ」 「えっ?」 「もしかして彼氏できた?」  パートさんではなく。私より10くらい年上のグループ長のオッサンがトイレですれ違う時に声をかけてきた。今まで一度もそんなことを言われたことがないのに、その言葉を初めて言われるのが話したこともないこんな冴えないオッサンとは。 「なんかさ、髪の色とかちょっと明るくなったし、なんかこういうことオッサンに言われるの嫌かもしれないけど、セクハラとかで訴えたりしないでね」 「……」 呆然立ち尽くしていた。頭に一投、爆弾をふいに投げかけられたように脳がぐらぐら揺れた。  気持ち悪すぎる……最悪。 パートのおばさんに言われたらまだ何か返すことができたけれど、私は名前も定かではない、山口だか山内だか、別の部署担当のグループ長のオッサンにたまたま自分が変わりつつあることを見抜かれた。何で見てるんだよ、最悪。彼氏できた?とかあんたにどうでもいいでしょうが。 気持ち悪い。  最悪の気分で昼食をとるべく食堂へと向かった。いつものようにパートのおばさんたちはいつもの席について食堂で弁当を食べている。私も2人の前の席にいそいそと座る。足音がいつもより食堂に響いた。でもそんなこと今はどうでもいい。 「あれ、義咲さん……」  正面にいるパートのおばさんが何かを言いかけた。期待して耳を少し傾けると、 「もしかして、機嫌悪い?」 「生理何日目?」  なんでそういうことにはすぐに気づくわけ?私は、どんどん顔に塗りたぐって身につけた自信が削られていくのを感じた。 気づかれないってことは、何をしても無駄ってことなんだろうか? 私なんかが、多少髪色を変えたりメイクを変えたりしても、変なオッサンにしか気づかれないのなら、何も意味がないんじゃないか。
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