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部活を終えて体育館から外に出ると、肌を刺すような北風が吹いてきた。
「わっ」
切ったばかりの襟足が冷たい空気に晒されて、思わずマフラーに顔を埋めた。
『唯、いいね! 似合ってる』
麻衣は短くなった私の髪をぐしゃぐしゃとかき回して褒めてくれた。ベリーショートは勇気が出なくて、トップと前髪は少し長めに残してもらった。その代わり襟足は刈り上げるほどだ。
憧れの先輩に彼女がいるってわかったのは、先月のことだった。あの時は悲しかったけど、バレンタインの前に気づいてよかったって今は思う。
恋人がいる人にめっちゃ期待してチョコレートを渡すなんて、黒歴史にしかならない。
バスケ部のキャプテンを務める相原先輩は、カッコよくてすごく優しくて私たち後輩の憧れの的だった。女子だけじゃなくて男子にも人気で、みんな彼に追いつこうと必死に頑張っていた。
「なあ、竹内」
藤宮が私の隣に並んで、切ない回想からリアルに引き戻される。同じバスケ部の彼とは小学校からの幼なじみで、今はクラスも一緒だった。
「何で髪切ったの」
もちろん、まっすぐ答えるつもりはない。
昨日まであった、ショートボブの毛先の感触が項を掠めていく。
「さあ…。気分転換?」
「この寒いのにそこまで切らなくても。余計に男っぽくなるだろ」
「うるさいな。邪魔にならないからいいの」
長くても男の子扱いのくせに
「韓流スターみてえ。めちゃカッコいい」
「…褒められてる気がしない」
間に冬休みがあってよかった。
失ってから自分の気持ちに気づくほど、それは淡く不確かな感情だった。
それでも涙は滲んできたし、胸の奥がぎゅっと痛んだから、私はそれを初恋と呼ぶことにした。そして、失恋したから髪を切ってみた。
1年目の高校時代は、実際には何も変わることがなく毎日が過ぎていく。
「俺と同じくらいじゃん」
藤宮は自分のさらさらの前髪をつまみながら言う。暮れかけた夕闇に、吐く息が白く見えては消えていく。
「また伸ばすのか」
「…どうかな。わかんない」
家が近いからか、藤宮は時々こうして私の隣を歩く。ふたりの歩くスピードはなぜか絶妙にユニゾンを奏でていて、不思議と心地よかった。
だけど、今日は少し違う。
今みたいに、自分でもよくわかっていないことを答えるのは、ちょっと煩わしかった。
そんなの 私が知りたいよ
私は彼に気づかれないように心の中でため息をついた。
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