1秒先の君へ

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『あれ、竹内。まだやるの』 『あ、すみません。鍵はかけていきますから』 居残りで自主練をしていた私に相原先輩が声をかけてくれたのは、まだ秋の初めの頃だった。その少し前の試合でフリースローが決められなくて、私はすごく悔しい思いをしていた。 ラインの前に立ち、意識を集中させてオレンジ色の輪っかを(にら)む。 『どこを狙ってる?』 先輩に聞かれて危うく「リングです」と答えそうになり、自分の間抜けぶりに一人で慌てた。 『え? あ、えーと…』 『リングの前縁を狙ってみな』 先輩は楽しそうに笑っている。 『前を狙ってもし入らなくても、リング板に当たって跳ね返れば入る可能性もある。チャンスが二倍になるんだ』 なるほど… 『届かないのは問題外だぞ』 『はいっ』 言われた通り、今までよりも少しだけ前の方をめがけてボールを解き放つ。ザッとリングのネットが擦れる音がして、先輩のフリースローみたいに気持ちいいほど綺麗に決まった。 『入った!』 『な? 上手く行くとご褒美みたいに決まる』 『ありがとうございますっ』 笑顔の先輩にドキドキしながら私も笑みを返す。 憧れに近づけたみたいで嬉しくなった。 『はい。お疲れ』 後片付けをしていると、先輩が握った手を私に差し出した。 反射的に受け取ると、掌にはイチゴ模様の包み紙が乗せられていた。いちごミルク味のそのキャンディは、私のお気に入りだった。 『コレ、めっちゃ好きなんです。ありがとうございます!』 『そっか。よかったな』 先輩は微笑むと片手を挙げて帰っていった。 時間にしたら10分くらいの出来事だった。 たったそれだけのことで、私のほのかな憧れは一変した。でも、何がどう変わったのかわからなかったから、それとなく麻衣に聞いてみた。 『10分で人を好きになれると思う?』 『なに寝ぼけてんの。恋なんて1秒あったら十分よ』 彼氏持ちの麻衣は、部活に明け暮れるオクテな私をからかった。 たった1秒なんだ… 2学期が終わるまで、制服のポケットに忍ばせたキャンディは私をふんわりと包んでくれた。
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