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「竹内。助けて、ヤバい」
顔を上げると、前の席の藤宮がこっちを見ていた。今配られたプリントを手にしている。
6時間目の数学が自習になって課題は出ていたが、先生がいないせいで教室の中は休み時間のようにざわめいていた。
「全っ然わかんねえんだけど」
「どこ」
「全部だよ」
不機嫌な時の顔は昔から変わらないままだ。
私に当たられてもね…
「学年末が赤点だったら、春休みは部活返上で補習だってさ」
「え。そんなヤバかったの」
「脅されたって、わかんねえもんはわかんねえよ」
彼は完全に後ろ向きになって椅子に跨がると、私の机にプリントを叩きつけた。
私の席は窓際の一番後ろ。
隣はひとり足りなくて空いてるから、藤宮がこっちを向いてると、教室の中でふたりではぐれたみたいになる。
「まあまあ、落ち着きな。…でも、コレがわかんないってことは、基礎から見直した方がいいと思うよ」
「マジかー」
藤宮は机に突っ伏した。
ややあって、顎を机につけた情けない顔で私を見上げる。
「詰んだ…」
ここら辺は田舎で学校も少ないから、大学を目指す人たちはたいていこの高校に通っている。みんな小学校か中学校で顔見知りになっている人ばかりだ。
彼もそのうちの一人。
…よりは、距離は少しだけ近いかな。
そんな感じだった。
でも
ここ最近、私は藤宮に妙に「懐かれている」気がしている。はっきり言えば相原先輩に失恋した後からだ。
まさか
それを知ってるとは思えないけど…
誰にも言えずにひっそり終わらせた初恋だった。
相談はおろか、言葉にするのでさえためらわれるような…
「今日は部活ないよな。教えてよ」
拗ねた顔のまま甘えてくる藤宮は、小さな子どもみたいだ。私は3歳の甥っ子を思い出して、ちょっとだけ彼を可愛いと思ってしまった。
ほんの、ちょっとだけ。
『唯ちゃん、髪の毛カッコいいー』
甥っ子の最高の褒め言葉。
そんなところも同じだ。
それに、1年生でレギュラーを掴んだ彼の活躍がなくなってしまうのは惜しかった。あまり背は高くないけど、足が早くてシューティングガードを務める彼は、チームの貴重な戦力だった。
「いいよ。その代わり…」
「報酬を要求する気か」
「アイス奢って」
「この寒いのにアホか」
「じゃあ、いいです。さようなら」
「あっ、嘘。わかったってばっ」
机を後ろに引いた私の腕にすがり、彼は真顔になった。普段しれっと澄ましてる彼の慌てぶりに少しだけ優越感を覚えて、私はプリントの解説を始めた。
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