1秒先の君へ

3/7
前へ
/7ページ
次へ
「竹内。助けて、ヤバい」 顔を上げると、前の席の藤宮がこっちを見ていた。今配られたプリントを手にしている。 6時間目の数学が自習になって課題は出ていたが、先生がいないせいで教室の中は休み時間のようにざわめいていた。 「全っ然わかんねえんだけど」 「どこ」 「全部だよ」 不機嫌な時の顔は昔から変わらないままだ。 私に当たられてもね… 「学年末が赤点だったら、春休みは部活返上で補習だってさ」 「え。そんなヤバかったの」 「脅されたって、わかんねえもんはわかんねえよ」 彼は完全に後ろ向きになって椅子に(また)がると、私の机にプリントを叩きつけた。 私の席は窓際の一番後ろ。 隣はひとり足りなくて空いてるから、藤宮がこっちを向いてると、教室の中でふたりではぐれたみたいになる。 「まあまあ、落ち着きな。…でも、コレがわかんないってことは、基礎から見直した方がいいと思うよ」 「マジかー」 藤宮は机に突っ伏した。 ややあって、顎を机につけた情けない顔で私を見上げる。 「詰んだ…」 ここら辺は田舎で学校も少ないから、大学を目指す人たちはたいていこの高校に通っている。みんな小学校か中学校で顔見知りになっている人ばかりだ。 彼もそのうちの一人。 …よりは、距離は少しだけ近いかな。 そんな感じだった。 でも ここ最近、私は藤宮に妙に「懐かれている」気がしている。はっきり言えば相原先輩に失恋した後からだ。 まさか それを知ってるとは思えないけど… 誰にも言えずにひっそり終わらせた初恋だった。 相談はおろか、言葉にするのでさえためらわれるような… 「今日は部活ないよな。教えてよ」 ()ねた顔のまま甘えてくる藤宮は、小さな子どもみたいだ。私は3歳の甥っ子を思い出して、ちょっとだけ彼を可愛いと思ってしまった。 ほんの、ちょっとだけ。 『唯ちゃん、髪の毛カッコいいー』 甥っ子の最高の褒め言葉。 そんなところも同じだ。 それに、1年生でレギュラーを掴んだ彼の活躍がなくなってしまうのは惜しかった。あまり背は高くないけど、足が早くてシューティングガードを務める彼は、チームの貴重な戦力だった。 「いいよ。その代わり…」 「報酬を要求する気か」 「アイス奢って」 「この寒いのにアホか」 「じゃあ、いいです。さようなら」 「あっ、嘘。わかったってばっ」 机を後ろに引いた私の腕にすがり、彼は真顔になった。普段しれっと澄ましてる彼の慌てぶりに少しだけ優越感を覚えて、私はプリントの解説を始めた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加