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そして部活の帰り道、藤宮は私の隣を歩いている。
さすがに今日はふたりとも言葉を交わさず、黙って足並みを揃える。何を話していいのかもわからず、落ち着かなかった。
「…じゃ」
分かれ道で私が手を振ると、藤宮も小さく手を挙げた。そのままバイバイするかと思ったのに、彼が突然ダッフルコートのポケットから何か取り出した。
ぎゅうぎゅうに押し込んだそれの形を整えて、彼は私に差し出した。
「コレやる」
あのキャンディの丸ごと1袋だった。
「ありがと。…こんなに?」
「取引だ」
また宿題でも教えて欲しいのか
「3月分の前払いとして渡しとく」
「は?」
「来月、俺にチョコをよこせ」
何を言い出すかと思えば。
バレンタインの話だとわかるまで、少し時間がかかってしまった。
「…そんな脅迫みたいなの、聞いたことないよ」
「俺はおまえからしか貰わない。そう決めた」
「勝手に決めないでよっ。そんなの、責任取れないよ」
照れくさいのもあったからそう突っぱねると、彼はぐっと言葉に詰まった。
「…その髪、すげー似合ってる」
かろうじて聞き取れるほどの小さな声。
「反則だぞ、首が。後ろから見たらヤバくなった」
それだけ言って、彼はふいっと視線をそらした。
あの横顔が重なって、項に思わず手をやった。
藤宮にとっては
私も女の子なんだ
頭の中で彼の言葉がリプレイされながら、ゆっくりと降りてくる。頬もだけど首筋も熱い。
「だから、そういうことで」
「…わかった」
麻衣が言ってた。
『恋なんて1秒あれば十分よ』
そうだね
1秒先に何が起こるか わからない
同じ人なのに、さっきまで隣にいた彼とはまた違って見える。
来月は私が
ポケットにチョコレートを忍ばせるのかな
初めての経験でまだドキドキする心臓に、静まれと言い聞かせる。私はキャンディの袋を胸に抱え、藤宮に笑顔で手を振った。
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