光を失う

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 あれから数日経って、僕は再び里実の病室を訪れた。心の整理はまだ完璧じゃない。また困惑させてしまうかもしれない。だが里実に会いたいと思うと、じっとしていられなかった。  看護師さんによると、里実の家族が来ているらしい。面会がいつ終わるか定かではなかったが、病室の前で待つことにした。盗み聞きをするつもりなんてなかったけれど、扉の向こうから漏れてくる声につい耳を澄ませてしまう。  僕が会ったことのない里実の家族。会おうよって里実に言われたけど、受け入れてもらえないのが怖くて会うのを断った里実の家族。  会話を少し聞いただけでもわかる、とても優しい人だった。里実は家族のことは覚えていたようで、リラックスして談笑している。仲睦まじい家族の様子に、僕の心臓は大きく鳴った。  里実を気遣いながら明るい話をする里実の家族、偽りのない表情で微笑む里実…  あぁ、だめだ。どうしても、僕なんかいらないよなって思ってしまう。  里実と出会って、自分のことを卑下しないでって叱られて、こんな僕のことを好きになってくれて、僕も自分のことを好きになれるようになった。もう前みたいに卑下しないって決めたのに。僕は変わったはずなのに…  僕は里実の隣に立っていい人間じゃない。あんなに素敵な人なんだもの。優しくて明るくて可愛くて素直で純粋な里実には、僕なんかよりずっといい人がいるはずだ。克服したはずの気持ちが、僕を離してくれない。  僕には、里実の記憶を取り戻そうと奮闘したり、里実との関係をまた一から築いたりする勇気はない。  里実が僕を忘れてしまったこのタイミングがちょうどいいのだろう。里実は別の人生を歩む。僕はまた1人で生きていく。里実が僕みたいなやつに縛られなくて済むように。もはやこうなる運命だったとすら思えてくる。  これが里実のためなんだ。そう自分を納得させた。里実への手土産を匿名で渡すよう看護師さんにお願いして、僕は里実に会わないまま病院を出た。  そしてもう二度と里実に会わないと決めた。
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