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プロローグ
「ママァ、こっちこっち。早くぅ」
小さな体を目一杯使って、陽希が景子を呼ぶ。
幼い陽希が自分をママと慕ってくれることに、温かい気持ちが湧き上がる。
先日、景子は二年付き合っていた五才年上の仁科希一と結婚することにした。
希一は会社の同僚で、病気で奥さんを亡くし、シングルファザーとして六才の陽希と、十三歳の充希を育てていた。
自分に母親が務まるのか悩んだが、充希と陽希が景子に慣れて懐いてくれたことが結婚の決め手となった。
生みの母親、涼菜を覚えている子どもたちの手前、結婚式はしない。そして、無理に「ママ、お母さん」と呼ばせない。それは景子から希一に言い渡した約束だった。
陽希は直ぐに懐いてくれて、自ら「ママ」と呼んでくれた。
十三歳の充希は思春期のせいか、「ママ」や「お母さん」とは呼ばない。
だけど、反抗することも否定することもなく、普通に「景子さん」と呼んで普通に話してくれる。
礼儀正しい充希の様子に、自分とはまだ壁があるのだと感じた景子だったが、結婚に反対している訳ではなかったため、少し様子を見ることにした。
誠実に向き合って行けば、いつか気持ちは伝わるだろう。
本当の母親にはなれないし、良い母親にもなれる保証もないけれど、子どもたちを守ってあげられる存在でいたい。
子どもたちが困った時に逃げ込めるセイフティースペースになりたい。
希一からのプロポーズの返事の際には、景子は照れながら、心からそう答えた。
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