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「やられた!また荒らされている!」
昨夜は不安で熟睡できず、朝方までウトウトしていた。そのせいで八時まで寝過ごした私の目の前に、またリビングの惨状が。すぐに若林に連絡した。
「それでは侵入者の正体をお見せしますね」
若林はよっと背伸びして、部屋の隅の丈高いチェストの天板から、手帳大の機械を手にとった。
「昨日、帰り際に設置させて頂いたトレイルカメラです。夜間に誰かが部屋に入って来たら、 体温や動きに反応して撮影する仕掛けになってました」
「まあ、いつの間に・・・!」
昨日言っていたプライバシー云々とはこの事だったのか。
カメラの出力端子をテレビに接続し、いよいよ再生ボタンを押す前に、若林は一言こう言った。
「お気持をしっかり持ってくださいね」
部屋の灯りがパッと点いて、白いパジャマにピンクのガウンを纏った女が入って来る。
「・・・私⁉ どういうこと⁉」
「これはドッペルゲンガーでも変装の達人でもありません。あなた本人です」
画面の中で私は、ワインボトルをラッパ飲みしながら、何やらパソコンに入力し、時折ゲタゲタと笑い声をあげるのだ。
「いわゆる夢遊病です。睡眠導入剤の副作用で稀に起こると聞いていたのでピンときました。事実、昨日お部屋を調べた時も、あなた以外の指紋は出てこなかった」
その私はデスクから立ち上がろうとして、足の小指を引出しの角にぶつけた。ピョンピョンと跳び上がって痛がり、腹立ち紛れにゴミ箱を思い切り蹴飛ばす。
「おや、部屋から出て行くぞ?」
その私は一度出ていってから、すぐに黒いコートを羽織って戻ってきた。
「まさか外に出かけるつもりなのか?」
キッチンの引出しをゴソゴソと漁って、何かをポケットに入れた。
「何だ⁉ 何を入れたんだ?」
狂的にギラつく目、引き攣った笑い・・・その表情は、粗い画面越しでさえ、見る者をゾッとさせるに充分だった。
「たしか新藤さんの住所はここから近いんですよね?」若林が聞いた。
「一駅です。歩いても行けます」
「コートを・・・ 調べさせてもらってもいいですか?」
若林が言う。それは舌が喉に貼り付いたような掠れ声だった。
「僕は迂闊だったのかも知れません。あなたに危険はないと思い、安心しきっていた。まさか 心の中にこんな化物がいたなんて・・・!」
ピンポーン!その時、玄関のチャイムが鳴った。出てみると二人の私服警官が。
「あなたの元御主人、新藤幸雄さんが何者かに刺されました。『朝五時に、階段で煙草を吸おうとドアを開けたら、待ち伏せしていた元妻に刺された』と搬送先の病院で証言しています。また事件直後、笑いながら現場を走り去る黒いコートの女性が、散歩中の人に目撃されています。すいませんが、署まで同行願えますか?」
警察官がそう言うのと同時に、若林はコートのポケットの中から、タオルに巻かれた血塗れの包丁を発見したのだった。
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