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聞くところによれば、原動付き自転車――所謂、原付で配達することもあると聞くが、この街では今どきめずらしく自動車の走行は禁止されているため、通行に自転車も多い。
昔より数は減ったらしいが、それでも乗合馬車は未だに健在という、少女の暮らす街は、文明の発展した現代社会において、少しばかり他と違う古めかしい街でもある。
「あ、うさちゃんみっけ」
と。ぼんやりと通りを眺めていた少女が、通りの端をぴょんこと歩く兎の姿をみつけた。
兎が新聞配達のおじさんの横切るも、当のおじさんは見向きもしない。というよりも、気付いてすらいない様子だ。
そんな兎が不意に立ち止まり、おじさんを振り返る。
すると、兎がそこで見事な後ろ回転ジャンピング技を華麗に決める。
誇らしげに息をつき、おじさんをもう一度振り返る。
どこか胸を張っているように見えるのは少女の錯覚だろうか。
だが、悲しいかな。投函を終えたおじさんは、ついぞ兎に気付くことはなく自転車に跨がり行ってしまった。
けれども、兎はそれで構わなかったらしく、満足げにおじさんの背を見送ると再び通りを歩き始める。
おそらくその兎を唯一見ていただろう少女だけが、くすくすと小さく笑っていた。
「あれが他の人には視えないなんてね。精霊って見ていて面白いのに」
*
「あれ、今日なにかあったっけ?」
ダイニングに少女が顔を出せば、母親が不思議そうな顔をしてキッチンから顔を出した。
「なんもないよ。アラーム間違えて早く起きちゃっただけ」
「あっそう」
少女はダイニングテーブルに座り、スマートフォンで呟き系SNSを開けば、朝のTLをぼんやりと眺めながらスクロールをしていく。
「それならミルキィ。玄関先に“精霊さんのお礼”置いてきて」
その声に顔を上げると、母親の顎がくいっと動いて、キッチンカウンターに置かれていた平皿に気付く。
平皿には旬の果物が盛り付けられていた。
スマートフォンの画面を消してダイニングテーブルに置いた彼女は、ほぉーい、と軽く返事をしながら立ち上がる。
「そういえば、今日の朝は兎の精霊視たよ」
「へぇ。じゃあ今日のお礼を持っていくのは、その精霊さんかもしれないね」
「うーん、どうだろ。技をキメて通りを真っ直ぐ歩いて行ったし」
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