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まだ街が完全に起きていない静かな朝は、街の近くにある森のさわめきがよく聞こえる。
通りを吹き抜ける柔い朝風が、ミルキィの栗色の髪を揺らす。
胸くらいの長さの髪を耳にかけ、ちらりと玄関脇に置いた平皿を見やる。
すると、そこには既に、平皿に盛り付けた果物を啄む小鳥の姿があった。
甘い、美味しいと言っているのか、小さな囀りまで聴こえる。
ミルキィがこっそりと気付かぬふりで眺めやるのは、その小鳥を驚かさないため。
現代において精霊の姿をその目に認める人は、もうそんなに居ないらしい。
だから精霊も、その目に自身の姿を認める人が居るということを忘れがちなんだ、とミルキィは知り合いの精霊に教えてもらったことがある。
だから、こっそり眺めるのだ。そしてまた、そのこっそり感が楽しい。
と。思わずその楽しさから、ミルキィはふふっと声をもらしてしまった。
瞬、果物を啄んでいて小鳥がびくりと跳ね上がった。
ぎぎぎとぜんまい仕掛けの玩具のように、ぎこちない動きをする小鳥はミルキィを仰ぎ見て――目が合った。
あ。とミルキィが息を落とした頃には、小鳥の精霊は一目散に逃げて行ったあとだった。
「あーあ……。大人しく家に入ってるべきだった……」
逃げ去った精霊を見送りながら、すまん、と手を合わせて小さく謝った。
通称、精霊さんのお礼。これは人々が気付かぬ範囲で、人々が気付かぬうちに護ってくれている精霊へ送る、人々からのお礼。すげなく言ってしまえば賄賂。
つまりは、果物や酒などをお礼と評して人々から精霊へ差し出すことにより、今の世の多くの人々が気付けなくなってしまった何かから、精霊は人々を護ってくれている。
これは、魔法が世に根付き始めた時代から続く世の流れ。
そんな古き時代から、人々は精霊に信を置いてきた。
かつてはそれなりに多かった精霊を視る者も、今では珍しい性質と謂われるようにもなってしまった。
けれども、こうして今でも精霊は確かに人々の隣に居る。
それは現代に生きる人々でも知っていること。決して、忘れたことはない。
だから、今でも精霊は人々の隣に居てくれている。
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