【3】

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【3】

青柳さんとの一件を境に、彼への想いを胸に秘めながら仕事に励んでいる。 彼の居る総務課辺りを念入りに掃除したり、仕事しながら彼と鉢合わせないかキョロキョロとしたり…… いつ彼と遭遇しても良いように、薄く施したメイクが皮脂で崩れていないか、ちょいちょい確認したりもしている。 端から見たら挙動不審な怪しい人物かもしれない。 仕事に集中しないと……と、必死に自分に言い聞かせているけど、どうにもこうにも…… ここ数年忘れかけていた恋する気持ちとやらを思い出し、胸がきゅっと苦しくなる。 切なげに溜め息を吐いたりなんかしちゃったり…… そんな私の様子を見て、佐伯さんが「青春ね」と茶化してくるのが今の悩みだ。 待ち伏せ紛いの行動をしている甲斐があってか、度々青柳さんと顔を合わせる機会があった。 「お疲れ様です。今日も暑いですね」 嬉しい事に青柳さんは私の顔を覚えてくれたらしく、会う度に爽やかな笑顔で挨拶に一言付け加えて話し掛けてくれる。 天にも昇る気分だけど、情けない事に私ときたら、青柳さんと目が合うだけで鼓動が早くなって体が強張ってしまう。 だから気の利いた事を言えないばかりか、か細い声で「お疲れ様です……」とか、何かの問い掛けに「そうですね」ぐらいしか返せない。 青柳さんと遭遇出来た日は、嬉しくて悶えそうになる反面、自分の会話力の無さから自己嫌悪に陥って一人反省会をする羽目になる。 お近付きになりたい……とか、図々しい事は思わないけど、せめて普通に会話位は出来るようになりたい。
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