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「何通りも読み方があるって、どんな名字よ?」 「えっと、帯っていう字に刀って字で……“たいとう”とか“たてわき”とか読むみたいで………佐伯さん知ってます?」 もしかしたら情報通の佐伯さんなら知っているかもしれない。 案の定佐伯さんは「あぁー」と知っているような反応をみせた。 「あの可愛い男の子でしょ?アイドル顔の」 「えっと……アイドルとか、私そういうのよく分からないんですけど……でもまぁ、確かに可愛らしい顔立ちの方でした」 佐伯さんがまるで自分の息子かのように「華のある顔立ちで目を引くのよねぇ」と得意気に言う。 「確か、去年まで派遣として働いてたんだけど、能力を買われて今年から正規登用されたらしくて」 「へぇ…」 流石情報通、事細かに知っていらっしゃる。 きっと佐伯さんは、この大きな企業の全社員の情報を記憶しているに違いない。 「前に一度名前の読み方を教えて貰った事があるんだけど………何だったかしらねぇ?へぇ~っと思った覚えがあるのよ」 しかし、肝心な所は抜けている佐伯さん。 といっても正式な読みを知った所で得も何もないけれど。 「今度本人に聞いてみたら?」 「あ、いや……別にそこまで……ただの興味本位ですから」 通用口から出ると、満月から少し欠けた形の月が夜空に浮かんでいた。 それを見上げたついでに何となく会社の方を振り返る。 変な人………もとい、名前の読み方が分からない男性と遭遇したフロアの電気はまだ消えていない。 まだ彼は残って仕事をしているのだろうか?なんて考えて、すぐに自分には関係ない事だと思い直した。 「それはそうと……青柳くんともう少し接点増やせたら良いわね」 「………べ、別に。現状で満足してますから」 からかってくる佐伯さんに見栄を張ってみたけど、何か劇的な出来事が起こる事を密かに期待していたりする。
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