1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

 次に公園にやってきた時、少年は手に安物のカメラを携えていた。あれからすぐ母に強請って手に入れた品である。それでもってずっと、彼女を探していた。学校から帰ると玄関口にランドセルを置き、カメラを取ってともかく公園へと出かけていった。それからあちこちで遊び回りながら、ついでにあの少女が現れないかどうか絶えずキョロキョロ辺りを見回していた。  一月(ひとつき)の間、彼女に出くわすことは無かった。けれども少年は日課として、飽きることなく公園へと向かい、彼女を探した。  とある土曜日、ふと友達の家へ行くのだと言って、出てきた。それから例の公園で数十分座っていたけれど誰も来ないようだから、何を思ったか隣のマンションの敷地内にある公園へと足を延ばした。その入口に踏み込もうとした時——見つけた。息を呑む。彼女は、葉をもうほとんど落とした枯れ木に向けて、シャッターを切っていた。ぷるぷると手が震えた。少年はこの時さっさと、そのちゃちなレンズを彼女に向けて、カシャリとでもするべきだった。しかし我を忘れて、少年はドタバタ少女に駆け寄った。 「また会ったな」と少年は何としても偶然を装った。少女は目をまん丸くして、不思議そうにして、徐に頷いた。まずい再会だったかもしれない、と少年はぼんやり不安に思った。けれども次に「写真、見る?」と少女があどけなく提案したので、救われた。 「うん」と少年はすかさず口をきいた。  彼女の写真をじっくりと眺めた。それらを目に入れることを、どれだけ待ち侘びたかしれない。この一月の内に、随分増えていた。少年の、見たことのない、知らない景色ばかりが、そこには写っていた。それを切り取って収めることのできる、このカメラというやつは有難いのだなと同時に考えた。 「写真ってすごいや」 「でしょ?」  少女は滅法嬉しそうにした。 「見たもの全部、そのまま写せるんだよ? 思い出だけならいつか忘れちゃうけど、写真に残しておけば、いつでも見返せるもんね」  少年はふと思いついて言った。 「俺を撮ってよ」  少女はカメラを手に握りしめたまま、微動だにしなかった。値踏みされているのとも違っていた。ただ、どうしようもない、突拍子もないことを言われた時の、困惑した顔。少年はすぐに「ごめん」と言った。少女はその謝罪を受け入れも突っぱねもせず、宙に浮かべた。それからすっとそっぽを向いた。 「俺もカメラ買ったんだ」と少年は必死で彼女の興味を惹こうとした。もはや、自分が年上であるというつもりはすっかり無かった。少女は少年の手の内を覗き込んだ。 「へええ」と言って次には手を差し伸べた。少女の持っているものとは、雲泥の差だろう。が、少女は心底面白そうに、少年のカメラを取って、掲げて眺め回すのだった。 「何枚か撮ったの?」  少年は頷いた。実際、公園の景色を実験に撮ってみたのだった。 「また現像できたら、写真の見せ合いっこしよう」と少女は嬉しい提案をした。少年はすぐに頷いた。それから、彼女を撮らなくてはならぬことを思い出した。 「記念に、」ととってつけたような言葉を吐いて、あっという間に彼女に向けてシャッターを切った。フラッシュがたかれたらしく、少女は眩しそうに上半身をのけぞらせ、手を前にやった。そして、無論良い顔はしなかった。少年は「じゃあまた」と忙しなく言って、そこから逃げるようにして帰ってきたのだった。  出来上がった写真を見てみると、そこにはきちんと、あの彼女がいた。しかし、写っていた彼女は——真正面をこそ見据えてはいたが、ほとんど無の表情に近く、そしてあの初対面の当時に胸をどきりとやられた、あの少女のものとは程遠かった。何がどう違うかなどは、説明のつきようもない。けれども、決定的に何か欠けている。これが、欲しいのではない、と少年は思った。他数多の写真にそれは重ねておいて、少年はもう一度少女と出会う必要に迫られた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!