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 実際に焼き上がった写真を手にすると、少年には、少女のことがついぞ手に入らない、遠い、遠い存在に思えた。彼女が、自分とは遠い、遠い世界に住んでいるような感覚。そして少年は思い立ったように公園へと出掛け、亡霊のように彼女を探す。  雨の日まで、傘とカメラに手を塞いで、様子を見に行く愚かな真似をした。少年の全ての試みは、空振りに終わった。待ち続ける他には無かった。  次に少年が少女を見かけたのは年度末、下校中のことだった。少年は俯いて、頻りに他愛のない考え事をめぐらせていた。ところが妙な気配がして、ふと振り返ってみると、そこに少女の背面を見つけた。今すれ違ったのだ。少年は、冷静な追跡を始めた。  少女が角を折れると、少年は駆け出して後を追い、そこで急停止した。少女はすぐそこに立ち止まり、ランドセルをガサゴソと探っていた。それから彼女の陰に隠れながらちらりと覗いたのは、間違いない、あの立派なカメラであった。少女はそのレンズを道端の隅に向けつつ、しゃがみ込んだ。そこに何があるのか、今少年のいる場所からは、確認し辛かった。少年は、少女と同じ手際で、小さなカメラを構えた。言いようのない背徳感が、胸の内に起こった。シャッターを切ることは、憚られた。だから、もうファインダーから目を離し、そっぽを向くようにしてカメラだけ腹の辺でさりげなく構え、拍子に押した。……撮れた。  少女が立ち上がったので、慌てて隠れた。それからそうっと見ると、もう少女は歩き出していた。少年はすぐに、今少女の屈んでいた場所まで駆けつけ、見下ろした。そこには——そこには、萎れて泥をかけられた花が一輪、薄いピンクの花が一輪、咲いていた。そして、その元に群がるのは、蟻、蟻……。少年は空恐ろしかった。彼女を追いかけなければ、と直ちに考えた。  少女を追って、二つ目の角を曲がろうという時、唐突に話し声が聞こえた。少年は、それを恐る恐る覗き見た——そこには少女と、後誰とも分からぬ一般の女子がいた。そして、少女とその女子とは、他愛無い——心底他愛無いやり取りに興じているのだった。  少年はそこへ向けて、躊躇なくシャッターを切る。するとすぐに目線を切って、元来た道を辿って帰ることにした。
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