1 東風吹かば

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大宰府行きの高速バスは、驚くことに俺たちだけの貸切状態だった。ネットではいつも満席と書いていたのに。こんなことがあるんだな。 もしかして、おみの力? それともじいちゃん? うーん、思い当たることばかりで検討がつかない。 「ああ、よかった。お客さんがいないと暇なもんでね」 「珍しいですね。貸切だなんて」 「次のバスは満席だよ。なんでか予約がそっちに集まったんだ」 バスの運転手さんが朗らかに笑う。おいちさんたちもそうだけど、福岡の人ってどこか愛嬌があるな。まあ、俺も一応福岡の人なんだけど。 長いこと離れているから、なんとも言い難い。 「ねね、おやつたべてもいいの?」 「誰もいないからな。食べていいぞ」 「やたー!」 博多駅で買ったクロワッサンを抱きしめ、おみが不思議なステップを踏む。きっと喜びの舞いなんだろう。傍から見ると怪しい動きだが。 しかし、貸切ということは尻尾と角を出すことができる。これで少し楽になるといいけど。 「いいなぁ、坊ちゃん。父ちゃんと旅行かい?」 「み? ぱぱじゃないよ」 「じゃあ、兄ちゃん?」 「んー? ちがうー」 「えっと、俺たちは、その……」 困った。こういう質問は必ずされるって分かっていたのに。ちょうどいい答えを考えていなかった。下手に嘘はつきたくない。しかし、本当のことも言えない。 うう、どうしよう。 「おみは、おみだよ!」 「おみ?」 「おみ」 「お前さん、おみって言うのか」 「そー! りょーたは、おみのかぞく!」 間違ってはいない。間違ってはいないけど、父でも兄でもない俺は逆にますます怪しくないか!? 誘拐犯って思われたらどうしよう……。 なんて、一人で慌てていたけれど。 「そうか。家族旅行か! 楽しんでこいよ、おみ」 「うぃ!」 「あはは、それじゃあよろしくお願いします」 おみの愛嬌で何とか乗り切ることができた。急いでおみを抱き上げ、指定された席に向かう。膝の上に乗せて、クロワッサンを食べさせると少しだけ大人しくなってくれた。 気が緩んだのか着物の裾から尻尾がちらりと見えている。油断するのが早すぎるだろ。 「んま、んまま」 「こぼさないように、あーあ、口の周りについてる……こら、俺の着物につけるな!」 「んみー」 口いっぱいにクロワッサンを頬張ったおみと、膝の上を食べかすまみれにされる俺の耳に「大宰府行き、発車します」というアナウンスが聞こえてきた。 さあ、いよいよ大宰府だ。 ウカさんたちに会えるまでもうすぐだよ、おみ!
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