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大宰府行きの高速バスは、驚くことに俺たちだけの貸切状態だった。ネットではいつも満席と書いていたのに。こんなことがあるんだな。
もしかして、おみの力?
それともじいちゃん?
うーん、思い当たることばかりで検討がつかない。
「ああ、よかった。お客さんがいないと暇なもんでね」
「珍しいですね。貸切だなんて」
「次のバスは満席だよ。なんでか予約がそっちに集まったんだ」
バスの運転手さんが朗らかに笑う。おいちさんたちもそうだけど、福岡の人ってどこか愛嬌があるな。まあ、俺も一応福岡の人なんだけど。
長いこと離れているから、なんとも言い難い。
「ねね、おやつたべてもいいの?」
「誰もいないからな。食べていいぞ」
「やたー!」
博多駅で買ったクロワッサンを抱きしめ、おみが不思議なステップを踏む。きっと喜びの舞いなんだろう。傍から見ると怪しい動きだが。
しかし、貸切ということは尻尾と角を出すことができる。これで少し楽になるといいけど。
「いいなぁ、坊ちゃん。父ちゃんと旅行かい?」
「み? ぱぱじゃないよ」
「じゃあ、兄ちゃん?」
「んー? ちがうー」
「えっと、俺たちは、その……」
困った。こういう質問は必ずされるって分かっていたのに。ちょうどいい答えを考えていなかった。下手に嘘はつきたくない。しかし、本当のことも言えない。
うう、どうしよう。
「おみは、おみだよ!」
「おみ?」
「おみ」
「お前さん、おみって言うのか」
「そー! りょーたは、おみのかぞく!」
間違ってはいない。間違ってはいないけど、父でも兄でもない俺は逆にますます怪しくないか!?
誘拐犯って思われたらどうしよう……。
なんて、一人で慌てていたけれど。
「そうか。家族旅行か! 楽しんでこいよ、おみ」
「うぃ!」
「あはは、それじゃあよろしくお願いします」
おみの愛嬌で何とか乗り切ることができた。急いでおみを抱き上げ、指定された席に向かう。膝の上に乗せて、クロワッサンを食べさせると少しだけ大人しくなってくれた。
気が緩んだのか着物の裾から尻尾がちらりと見えている。油断するのが早すぎるだろ。
「んま、んまま」
「こぼさないように、あーあ、口の周りについてる……こら、俺の着物につけるな!」
「んみー」
口いっぱいにクロワッサンを頬張ったおみと、膝の上を食べかすまみれにされる俺の耳に「大宰府行き、発車します」というアナウンスが聞こえてきた。
さあ、いよいよ大宰府だ。
ウカさんたちに会えるまでもうすぐだよ、おみ!
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