0人が本棚に入れています
本棚に追加
きさらぎ 第五話
僕はこのネオンの中を
上手く泳いでいけるのかな。
帰ってしまおうか?。
フラレて住むところもない。
またクレーム係で悩むのか。
僕は…、君と暮らしたかった。
さよなら。
涙と雪で曇ったサングラスの雫を拭き
普段使いの太い黒縁角形眼鏡をかけ直す。
電車のドアが開くと
群衆に飲み込まれた。改札へ一点に流れていく。
狭い。でも、ついて行こう。誰かがいてくれる街。流されるままに流されるまま歩いて行こう。天井についているカメラが僕を映している。見えない大きな世界の中で彼女は僕の事を本当はどう思っていたのだろう。点の集まりの中のその中の一点。みんなおんなじに見える。自分でも見つけられない。
渋谷の109のファッションビルが淡く弱く輝く。
ビルの下の闇の中を何十万人の人がそこへ向かって歩いていた。駅出口前の交差点は、誰かのため息が青く揺らぎ始めた。眼鏡の住所は、すぐ近く。誰かが後ろからピエロがいると叫んでいた。「久しぶりブルース」。緊張しながら振り向くと眼鏡だった。
眼鏡に手を引かれるまま群衆の中を渡る。
手のひらから伝わる力。
「よく来たね。ごちゃごちゃしててイヤだよね(笑)」。
わたっている途中で誰かが早く咲いてしまった桜の枝を持っていた。ネオンの光に照らされて淡く弱く輝いている。まだ寒そうなその枝に君の名を呼ぶ。
「さよなら、如月」。
酒のまま走る。
しばらく雪と花にまみれながら泣いた。
この半年の彼女との恋を想い出して。
笑ってばかりだった。楽しかった。
だからこんな終わり方が悲しかった。
でも「ありがとう」で良かった。
いつでも誰だってそうなんだろうけど、
恋の終わりは心が溶けて雨に変わる。
心の水分が外へ向かってひっくひっくと
泣きながら誰かの心を捉える。
なぜなら多くの人に失恋の経験があるからだろう。
眼鏡もジッと見てきた。
「ごめん、まいったな。ティッシュ余分にない?」。
僕はちょっと鼻水を眼鏡の手の甲へ垂らしてしまった。
眼鏡は聞かないフリをした。
雪が降るのを見るのに上を向きながら。
しばらく走ると眼鏡がたばこをわけてくれた。
眼鏡「車乗ってく?」。
続く…
最初のコメントを投稿しよう!