8.決意

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大会最終日。 全日程が終了し、村営体育館で閉会式が行われた。 「4日間ありがとうございました」 優里が颯に駆け寄ってきた。 「初めての置きピン、きっとずっと忘れません」 颯は重ねた手のぬくもりを思い出した。 今朝の記事には優里のカメラで撮った前半・飛躍の写真と、自分で撮った後半・距離の写真が並んで載っている。 改めて、自分は何もしていないと答える。 「優里はこれから、どうするんだ」 「一度カメラから離れようと思います」 小さな鼻がずびと鳴る。 「瀬崎さんに出会って、やっぱり写真って楽しいなって。発症した自分から逃げずに、震えを直す治療を試してみようと思います」 バッグから丁寧に折りたたんだ新聞を取り出した。 「今朝、コンビニに行って買ってきました」 スポーツ面のトップ記事には、間宮と瀬崎の名前があった。 瀬崎の名前は相変わらず小さかったが、誰よりも間宮の近くにあった。 2人はライバルだったんですね、と優里は呟いた。 「ジャンプの選手は、高い場所から飛ぶのに震えないんですか」 「はは、俺たちはいつも震えてたよ」 緊張、不安、恐怖、極寒、武者震い――その全てがシャンツェにはあった。 「だからこそ、飛び続けるんだ」 「瀬崎さんは、やっぱりペン記者ですね」 「どういう意味だよ」 「書くのが楽しいって顔してます」 優里は笑った。 体育館を去る他社の記者たちが挨拶を交わしていた。 優里が握手を求めてきた。 「わたしたち、また会えますか?」 カメラを持てない記者と、ペンから逃げたカメラマン。 「シャンツェで待ってる」 春の遠い白銀の世界で、小さな手と傷だらけの手が触れ合った。 (了)
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