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大会最終日。
全日程が終了し、村営体育館で閉会式が行われた。
「4日間ありがとうございました」
優里が颯に駆け寄ってきた。
「初めての置きピン、きっとずっと忘れません」
颯は重ねた手のぬくもりを思い出した。
今朝の記事には優里のカメラで撮った前半・飛躍の写真と、自分で撮った後半・距離の写真が並んで載っている。
改めて、自分は何もしていないと答える。
「優里はこれから、どうするんだ」
「一度カメラから離れようと思います」
小さな鼻がずびと鳴る。
「瀬崎さんに出会って、やっぱり写真って楽しいなって。発症した自分から逃げずに、震えを直す治療を試してみようと思います」
バッグから丁寧に折りたたんだ新聞を取り出した。
「今朝、コンビニに行って買ってきました」
スポーツ面のトップ記事には、間宮と瀬崎の名前があった。
瀬崎の名前は相変わらず小さかったが、誰よりも間宮の近くにあった。
2人はライバルだったんですね、と優里は呟いた。
「ジャンプの選手は、高い場所から飛ぶのに震えないんですか」
「はは、俺たちはいつも震えてたよ」
緊張、不安、恐怖、極寒、武者震い――その全てがシャンツェにはあった。
「だからこそ、飛び続けるんだ」
「瀬崎さんは、やっぱりペン記者ですね」
「どういう意味だよ」
「書くのが楽しいって顔してます」
優里は笑った。
体育館を去る他社の記者たちが挨拶を交わしていた。
優里が握手を求めてきた。
「わたしたち、また会えますか?」
カメラを持てない記者と、ペンから逃げたカメラマン。
「シャンツェで待ってる」
春の遠い白銀の世界で、小さな手と傷だらけの手が触れ合った。
(了)
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