3.懇親会

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3.懇親会

午後7時、颯は白馬駅からほど近いロッジに呼び出された。 「おー、瀬崎も飲め」 上司たちが調子よく手招きしてきた。 ロッジを借りている富山の地方紙が、近くに宿を取っていた長野、宮城の記者に懇親会をしようと誘ったらしかった。 「お前も、飲む?」 颯は、端の席で気配を消している優里にグラスを渡した。 すみません、大丈夫です、という細い声が乾杯の歓声にかき消された。 「まだ最終原稿が終わっていないので」 「雑観(ざっかん)だけだろ? おっさんたちに気遣わないで、飲めよ」 「おっさんとは何だ!」 上司たちが喚いて笑った。 優里はじっとうつむいたままだった。 「こぼしちゃって、飲めないんです」 本社のデスクから着信が入った、と言って隣の部屋に駆け込んでいく。 「神永はねぇ、病気で手の震えをコントロールできないんですよ」 優里の上司が勝手に喋り出した。 「何て言ったっけなぁ。なんとか振戦? 将来的にカメラ希望だと言うから整理部からスポ担に異動させたのに、すぐに発症して。あれじゃ戦力にならないよ」 颯は耳を疑った。周りの記者たちもしんと静まった。 優里の上司は構わず話を続けた。顔がすでに赤くなっている。 「女性記者ってどのみちすぐ辞めるじゃないですか。このまま記者をやらせておけば、そのうち本人から異動願か退職願が出るかなって。写真? あぁ、ハナから期待してませんよ」 共通通信から配信された写真を使えばいい、と優里の上司は下品に笑った。 「大変ですねぇ」 反応に困った富山の記者が、あいまいな相槌を打った。 「だから共通通信の保証がある間宮を担当させたと?」 空気がよどんだ。 「ええと……ところで、今年の宮城は、どれくらい雪が降ってるんです?」 富山の記者が察して、苦し紛れに話題を変えた。 颯は何も言えなかった。 部屋にこもったきり戻ってこない優里を思った。
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