7.震戦

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7.震戦

まずい。颯は思った。 上空に向けた優里のカメラががたがたと激しく揺れていた。 「瀬崎さん――私――」 なぜか練習時よりも震えが増していた。 本態性振戦の原因は不明。 当然、颯にも優里にも解決策など分からなかった。 最終ジャンパー・間宮の飛躍はもうすぐだった。 もう、時間がない。 「優里、力を抜け」 自分で自分の行動が信じられなかった。 使い慣れた一眼レフカメラを投げ捨て、2つ下の階段に駆け寄る。 慌てる声が静まった。 震える小さな両手は、颯の手に包まれていた。 「……嫌じゃないか?」 カメラマングローブの上から伝わる温もりに、優里はこくりと頷いた。 ごう、と低い音が聞こえた。 0.5秒後、優雅で力強いフォームの間宮が大空に現れる。 上空を横切る、わずか1秒間。 颯は優里の指の上からシャッターボタンを押した。 「せ、瀬崎さん」 優里が泣いていた。ぐちゃぐちゃになった感情が流れ込んでくる。 「瀬崎さんの写真が――」 いいんだよ、と笑ってみせた。 颯が手を添えて撮った写真は、しっかりと置きピンで撮れていた。 「これはお前が撮ったんだ。優里の写真だよ」 優里が鼻をずびと鳴らした。何度も首を横に振る。 「私のせいで! 瀬崎さんの写真が犠牲に! 私が震えなければ、自分のカメラに集中できたのに!」 「まったく、お前は」 すぐ自分を責めるんだから――友人に言われた言葉を思い出す。 俺たちは、似ているのかもしれない。 颯は優里の濡れた瞳を見つめた。 「気にするな。俺も昔、撮れなかったから」 ペン記者だったときに。ゆっくりと語りかける。 「俺も、震えてたんだよ」
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