忘却の果てにある魔女

2/6
前へ
/6ページ
次へ
 男は森の中を歩いていた。ただ、真っ直ぐに。  千歳緑の光の中に吸い込まれるように、誘い込まれるようにして。  この先には魔女がいる。岩肌に生す苔と大地を覆う積年の枯れ葉が足元を不安定にし、男の足取りをおぼつかなくさせる。足も随分重たくなった。  骨と皮だけのような、そんな足が小枝を踏むと、乾いた音が破裂する。  パキッ  暖炉の火が爆ぜる音。妹が聖書以外の本を持ってきて、兄である男に読んで欲しいと伝える。 「お兄ちゃんは、本を読んで字を覚えたのよね。私にも教えて。そうすれば、聖書の言葉も読めるようになるのよね」  妹は聖書を好むが、聖書に書いてある字は読めない。ただ神父の言う言葉がここに書かれてあると信じているだけ。 「いいよ」  聖書の中身もこの子ども騙しの童話もそんなに変わらない。だけど、男は字に興味を持った妹に興味を持った。  暖炉の橙が二人のほほを染めるまで、男は妹に読んで聞かせた。  簡単な童話だった。  鳥が空へと戻る話。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加