忘却の果てにある魔女

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 魔女と言われた妹は、空が好きな子だった。  空を見て鳥を見つめる。  鳥の飛び方を見ながら、雲を眺める。 「もうすぐ雨が降るかもしれないわ」  幾日も空を眺めていた妹は、そんなことに気付いただけだった。 「小鳥さん、お腹が空いているんでしょう?」  朝食のテーブルに零れたパン屑を集めて、鳥に餌をやるだけの楽しみを持っただけだった。 「未来を言い当てるそんな悪魔の使いの噂を聞いた」  未来なんてそんなたいそうなものではない。  明日誰かが死ぬなんて、一度も言っていない。 「鳥を操る怪しげな魔術を持つとも聞いた」  鳥が好きで、空に憧れただけ。  怪しげな言葉ではない。鳥のおはなしの一節を諳んじていただけ。  魔女があの家にいたのなら、それは男の方だった。  明るく親切で、他人の洗濯物の心配までする妹では、なかった。  小さな鳥の空腹まで心配する妹では、決してなかった。  妹は、呪いの言葉よりも聖書の言葉が好きだった。  そんな言葉を否定するために、魔女と言われてもおかしくないそんな立場にまで、男は上り詰めていた。  言葉ひとつで他人の人生を左右出来うる立場。  どんな物でも手に入るくらいの金もあった。高価な宝石も、高価な衣服も、絢爛な屋敷すら。  『魔女』と呼ばれても可笑しくない場所にいた。  それなのに、権威に護られた。立場に護られた。  人は、誰も男のことを『魔女』だなどと罵らなかった。  妹と同じように、そこで語り、そこにいただけなのに。
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