忘却の果てにある魔女

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 そんな場所に上り詰めた男は、この世界のことが大嫌いだった。  妹を助けなかった世界。  男が変えようと足掻いた世界。  上り詰めた崖の上にいたのは魔女だった。 「やはり、来てしまいました」 男の言葉に魔女は少し悲しそうな瞳を落とし、男を引っ張り上げた。  昔、会ったことがある。  魔女にとってはほんの少し前。  男にとっては、ずいぶん昔。 「お久しぶりです」 「あなたはわたしを魔女として扱わなかった数少ない人間。魔女狩りを止めさせるように働いた人間」  真っ直ぐに注がれるその瞳は、光の中にある若い葉の色をしている。そして、長い茶色の髪が、瞳に陰を作った。変わらない姿の魔女と、年老いた男が寂しく笑う。 「あなたの大切な世界を変えて欲しいとは望みません」  ただ、夢を見たいのです。 「代償は、あなたの記憶よ」 「えぇ。忘れることになるのでしょうね」  男の生きてきた過去は、全てが不幸だったわけではない。  この魔女に会えたことも、男にとってはとても大切な記憶。  出会った者たち全てが男にとって不幸をもたらすものでもなく、楽しい記憶すら作ってくれるもの。  同僚がいて、上司がいて、友人と呼べるものもいる。彼らの家族とともに喜怒哀楽を共にした。  笑顔に溢れる日々すらあった。  大嫌いな世界でも、かけがえのない記憶だと、そんな大切な時を過ごしたのだと思っていた。  生きた道に後悔もなかった。  だけど、どうしても。 「夢を見たくなりました」
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