忘却の果てにある魔女

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 何を望むのか。  魔女が問う。 「私は、妹に会いたい」  偽りの過去を。偽りの記憶を。誰かのための未来ではなく。もう動かない体を空に転がし。  最後の真実として。 「妹が『魔女』として扱われなかった世界をずっと、望んでいました」  千歳緑の森の中、魔女は人々の終の願いを叶え、時を紡ぐ。その瞳は、希望の色にもよく似た新緑色。人々が見る、叶わなかった最後の希望の色。  魔女を忘れた男は、夢の中へと沈んでいった。  深く深い、眠りの森へ。  どんな地位も名誉も持たない男は、妹が花嫁衣装を着ている姿に涙をこぼしていた。しかし、涙なんて柄じゃない、そう思って慌てて目を擦る。  妹が好きな聖書の一文を諳んじてみせ、『幸せに』を告げる。甲斐性なしの兄は、庭に咲いていた小さな花をその髪に飾った。  甲斐性があれば、もっと良い髪飾りをその髪に付けられたのに……。金の櫛でも銀の櫛でも。輝く石の付いた簪でも。  毎日教会へなど行かずに、働き口を村の外へ求めれば良かったのかもしれない。もっと、本を読んで、もっと……。  だけど、妹は嬉しそうに笑って、母にヴェールを掛けてもらう。父にエスコートしてもらい、光の陰にある花婿へと進み始める。  夢は光に溢れて翳り、消えていった。  全てを呑み込むようにして。  森の中には理の魔女がいる。  彼女は世界の記憶と時を司り、今を護るための偽りを、平穏を、人に与える。
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