忘却の果てにある魔女

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 その森の奥には願いを叶えてくれる魔女がいる。    年老いた男が一人、ゆらりと彷徨うように、森の中を歩いていた。  たくさんの時間を過ごした。  たくさんの人々と過ごした。  たくさんの後悔と、たくさんの失敗。  たくさんの満足と、たくさんの成功。  たくさんの権威と名誉。そして、たくさんの別れ。  閉じてしまいそうな目蓋を上げて、皺が浮き立つようになった手の甲で、同じような乾きの木肌に触る。  ガサリとしていて硬く乾いた木々と、男の生きた人生は同じだった。 「お祈りに行くの」  男は登った木の下から聞こえた声に、下ろしていた目蓋を上げる。 にっこり笑った妹は、レースのリボンを頭に付けてもらい、嬉しそうに男に伝える。 「神様なんていない。そんなものがいるのなら、殺し合いなんてする国なんてないよ、きっと」  男は敬虔な信者の妹を馬鹿にして言う。 「いるわよ。だって、お母さんもお父さんもいるって言うでしょう? いないなんて言うのは、お兄ちゃんだけだよ。お願いが足りないんだよ、きっと」 「そんなことに時間を費やすくらいなら、本を読んだ方がよっぽどマシだね」  男の言葉にむすっとする妹があっかんべをして去って行く。  男は再び本に視線を落とした。学者が書いたようなそんな本ではない。手に入る本なんて単なる子供だましの童話だ。
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