第14話 忍び寄る影

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「先生、お久しぶりです。紫乃です。天海紫乃。覚えていますか?5年生の時、東京に転校した…」  恐怖の色が、少しずつ消えていく。ハッとした顔つきに変わった。 「天海…紫乃ちゃん?…ああ、懐かしいわ!ちっとも変わらないわね。昔のまま。可愛い紫乃ちゃんのままだわ!」  今度は、懐かしさに涙を浮かべている。 (また、言われた…。私は、成長したつもりなんだけど…)  心の中で、不満を漏らした。  二人は、本堂脇の大きな庫裡に案内された。外見とは似つかないモダンな部屋だったのが意外だった。  ソファに座り、コーヒーを勧められる。 「よくここが分かったわね」 「はい。知り合いを辿って…」  紫乃は、言いながら伊庭を見上げる。 「こちらは?紫乃ちゃんの旦那様?」 「えっ…と…」 「はい。まだ入籍前ですが、一緒に住んでいます。コイツが会いたがってたので、突然で失礼だとは思ったのですが、ご報告がてら、お邪魔しました」  流れるように、笑顔で説明する。 (出た!マダムキラー!)  いつぞやの園長先生の、満面の笑みを思い出す。 「まあ、東京からわざわざここまで来たの?」 「いいえ。先生、私は3年前から、あの家に戻ったんです。小学校の近くの」  その途端、先生の顔が歪んだ。嫌いな爬虫類でも見たかのような表情だ。 「…そうなの。あそこに、二人で住んでるの…」 「ええ。だけど、周りに知り合いがほとんどいなくて、あの頃の同級生もバラバラになってて、千隼だけが、あの街に住んでたんです」  先生が一瞬だが、ちょっと妙な顔つきをした。 「そう。千隼くん。彼と仲良しだったものね。再会できてよかったわね。彼は今、どうしているの?」 「市内で小学校の教師をしています」  今度は、心底驚いたようだった。 「…驚いたわ。あの千隼くんが…。それは、きっと大変な努力をしたのね…」  伊庭が、その言葉を逃さず捕まえる。 「どうして、そう思われるんですか?」  突然の問いかけに、一瞬怯んだ。しかし、意を決したように話し出した。 「小学校が閉校になった後、彼のお家は隣市に引っ越したでしょう。私も同じタイミングで、隣市の小学校に異動になったの。彼と学区は違ったけどね。それでね、誰も知ってる子のいない中学校に馴染めなくて、彼、1年生の途中から不登校になっちゃったの。そのままずっと学校に行かず、高校は通信制にしたの。結婚して辞めることになった時、私の小学校にお母様がお別れのご挨拶に見えて、お話を聞いたの」 「…そうだったんですか」  全く知らなかった。大学は関西の方だった、ということくらいしか話してくれなかった。 (私に知られたくなかったんだ…) 「だから、先生になったなんて…。嬉しいわ。頑張ったのね…」  先生は、そっと目頭を押さえた。
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