第15話 決着

1/6
244人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ

第15話 決着

 先生と別れて、帰路に着いた。 「幸せにね」  別れ際に、そう言って、手を握ってくれた。温かな思いに触れた気がして、来てよかったと思えた。  伊庭は、さっきから黙って運転している。紫乃も言葉を発しなかった。先生の話を聞いて、一つの疑念がポツンと心の中に宿った。自分の住む街が近づいてくるにつれて、疑惑の雲はむくむくと大きくなっていく。  郊外の坂道に入った。夕闇の中に、黒々とした山を背負って、上方に小学校の建物が小さく見える。そこから、何か禍々しいモノが、立ち昇っているかのように感じる。それが坂を下り、自分の足元へヒタヒタと近づいて来る。そんな錯覚を覚えた。  車を降りた瞬間、伊庭のスマホが着信を告げた。  紫乃は、門扉を押して、先に家に入る。伊庭は、その場で、話し込んでいた。  彼女は、自分の考えを、伊庭に話すかどうか迷っていた。話す前に、自分で確かめたかった。伊庭に話すのは、その後にしたかった。自分に危険が及ぶことは無いと判断した。まずは、自分の考えた筋書きを、実行したいと思った。 「明日、三浦と会うことになった。場合によっては、土曜に樹と一緒に県外に出かける事になるな」  伊庭が玄関で、靴を脱ぎながら話す。  …土曜日か。じゃあ、こちらもその日にしよう、と紫乃は密かに考えた。 「桐生に関する手掛かりを掴んだらしい。今、先方に確認中だそうだ。週末には、はっきりする。どうする?お前も来るか?」 「そう何日もバイト休めないわ」 「分かった。気を付けろよ」  伊庭は、それ以上押して来なかった。ホッとした。    こうなったら、紫乃一人で計画を進めなければならない。筋書きを考え、周到に準備しなければ…、と作家らしくプロットを描いてみる。必要なものは?協力者は?どの程度相手に事実を明かす?  考えるべき事が、際限無く膨れ上がってくる。  考え込むあまり、上の空だったらしい。 「どうした?」  ベッドの中で、伊庭が愛撫の手を止めて、紫乃の顔を覗き込んだ。その顔に不審の色が浮かぶ。…まずい!と思ったので、咄嗟に、 「遠出して、疲れたのかな…」 と、誤魔化した。毎日、体を重ねている。それ故、紫乃の変化に敏感だ。それでなくとも、伊庭は鋭い。  紫乃の頬に両手を添えて、じっと見つめる。 「紫乃…。心配するな。もうすぐこの件は片が付く。そうすれば、不安な毎日も終わるから」    …その終わりは、伊庭との関係の終わりでもあるのではないだろうか。  その考えは、とても確かな事のように思える。  今回の事件が幕引きとなれば、当然、伊庭は東京に戻る。それは、紫乃との訣別を意味することくらい、容易に理解できる。  …離れたくない。  しかし、自分には伊庭を引き留める術がない。  切なさに、鼻の奥が痛くなる。思わず、伊庭にしがみつく。耳元で囁く。 「もっと強く、愛して。メチャクチャにして」  伊庭を自分に刻みつけて置きたかった。この先もずっと、思い出せるように。  彼は返事をする代わりに、紫乃の体に唇を寄せ、あらゆる所に舌を這わせた。秘所を弄る指の動きも激しくなる。紫乃が感じる場所を攻め立てる。それに応じるかのように、腰を浮かし、柔らかな媚肉を密着させる。  片足を担がれ、相手に自分の呼吸と共に戦慄く部分が、丸見えになる。そのまま、奥まで一気に貫かれる。常にない激しい抽送に、背中がしなる。最奥の壁に何度も打ち付ける彼自身の熱に、じわじわと重い快感が溜まってくる。自分がいっぱいにされる。もう、溢れ出す。そう思った瞬間、一際、大きく穿つ。快感が紫乃の全身を駆け回る。次々に波が訪れる。その最中にも、伊庭は動きを止めない。 「今…だめ、少し待って…い、嫌!あっ」  紫乃の懇願に耳を貸さない。イキ続ける紫乃を、更に自分の欲望で翻弄する。  クラクラする頭の片隅で、自分の感情を意識する。 (ずっと愛してほしい。このまま一緒にいたい)  それが叶わない事だと、よく分かっていても、願わずにはいられなかった。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!