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土曜日、海岸線沿いに車を走らせ、目的地に向かう。
「あーあ、折角の休日だぜ。男二人でドライブなんて、冴えないよな。せめて、紫乃が一緒だったら、よかったのに」
助手席の樹が不満を漏らす。
「悪かったな。一応、誘ってはみた。バイトを休めないとさ」
ドライブ日和とは言えない、今にも降り出しそうな空模様の中、海岸近くに建てられた病院を目指した。
土曜日は、休診日と見えて、駐車場に車は少なかった。
車を停めて、正面玄関ではなく、通用口へと向かう。
通用口の小さな受付に、
「看護師長の藤井さんはいらっしゃいますか?先日お電話で、お約束した者です」
と、来意を告げる。
程なくして、ナース服に身を包んだ女性が一人、現れた。案の定、樹を見て一瞬目を見張る。が、すぐに平常の顔つきに戻った。
「お忙しいところ、恐縮です。お電話でお話しした通り、こちらで亡くなった『山本寿』さんが、この日下部さんの近しい知り合いではないかと、県警から連絡がありまして、伺ったのですが、お話を聞かせて頂いてよろしいでしょうか?」
「あの方は、1月の初め頃に、海岸近くの公園で倒れていたのを、地元の方が通報して、うちに運ばれてきました。旅行者のようでしたが、どこかに宿泊していた訳ではなかったようです。その時、既に手の施しようのない状態でした」
少し、考えてから続ける。
「お名前以外、何もおっしゃいませんでしたし、身元がわかるような物もお持ちではなかったようです。若手の看護師が担当でした。今日はおりませんが」
「その方の写真などは、残っていませんか?」
「小さな物ですが…」
と言って、証明写真のような物を取り出した。
「医療用に撮った物です」
樹が受け取って、じっと見る。とても30歳には見えない、老けた感じで坊主頭の目の落ち窪んだ男が、虚ろな表情でこちらを見ている。
「…この人、身長が高かったんじゃないですか?」
「そうです。180センチくらいありました。非常にお痩せになってました」
樹が、伊庭を見上げる。
「間違いない。桐生颯斗だ」
伊庭が、藤井師長に尋ねる。
「亡くなった後、どうなったんですか?」
「『行旅死亡人』として、役所が引き取って行きました。あちらで荼毘に付したようです」
次の行き先が、決まった。
『那須華』では、11時にモーニングサービスが終わる。そこで一旦客足が落ちる。この後は、物好きな客が、マスターが作るナポリタンかボロネーゼを食べに来るくらいで、午後のまったりとしたコーヒータイムを求める客達が来るまで暇だ。
入り口の扉が開く。
「いらっしゃいませ!」
「紫乃、久しぶり。そっちから呼び出すなんて、珍しいね。客が来なくて、この店、潰れそうなの?」
物騒なことを言いながら、千隼が姿を見せた。
「来てくれて、ありがとう。千隼に相談があるのよ」
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