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「今日は、土曜日だよ。役場は閉まってるんじゃない?」
樹が疑問を口にする。
「それが、年度末は環境が変わる事が多いから、申告や戸籍抄本を求める人のために、午前中だけ、窓口を開ける自治体がある。ここもそうらしい」
市役所の窓口付近に並んでいる人影はない。職員が窓口を閉めようとしていた。
「すみません」
伊庭の声に顔を上げる。50代くらいの男性職員だ。
「『行旅死亡人』の山本寿さんの事を、お尋ねしたいんですが、どなたかご存知の方は、いらっしゃいませんか?」
明らかに迷惑そうな表情になる。
「窓口では、規定の業務以外、取り扱っておりません。平日に、お出かけください」
「遠方から来ています。何とか、お願いします」
重ねて頼む。
「あなたねえ…」
と、職員が言ったところに、さっきからこちらを見ていた、若い男が話しかけてきた。
「あ、それ、先月、自分が対応したヤツだ」
その途端、ヤレヤレと言った感じで、先ほどの職員は奥に行ってしまった。
「それで、何が知りたいんですか?」
「県警から、こちらの人に問い合わせがあったので、確認に来たんですよ」
「ああ。とにかく、遺骨の引き取り先を探さなくちゃならなかったので、その施設の名前をネットで検索したら、何件かヒットしたんですよ」
現代では、誰もが簡単に探偵になれるらしい。足で稼ぐ一昔前の刑事ドラマは、もう古いようだ。
「それぞれの県警に、写真のデータを送って、一つに絞ったんですけど、先方の施設には、該当者に心当たりが無いと断られました」
それは、そうだろう。今の園長は、無関係な人物だ。
「じゃあ、今は、こちらにそのまま?」
「それがですね…」
若い職員は、身を乗り出して、語り出した。
「諦めてたら、あの病院の看護師さんから『思い出したことがある』と、連絡があったんですよ」
そんな話は聞かなかった。
「藤井師長さんですか?」
「いいえ。若い看護師です。彼女の担当だったそうです。何でも、彼が入院してしばらく経った時、郵便物を預かったそうです。出しておいて欲しいと。触った感じは、文庫本のようだったそうです」
「で、それを郵送した」
「そう。その時の宛先をうろ覚えだが、覚えていた。今度は、警察を煩わせないで、市役所に連絡しました。そしたら、数日後、中年の女性が遺骨の引き取りに来ました。親戚だと言って」
思わず、樹と顔を見合わせた。
「その人の身元はわかってるんですか?」
「はい。お渡しする時に、書類に記入してもらいましたから」
デスクに行って、ファイルを持って、戻ってきた。
「こちらです」
書かれた住所と名前を見て、伊庭は言葉を失くした。
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