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第16話 桜、散る
「桐生の遺骨を、引き取りに行ったんですね」
「ええ。向こうの役場から、連絡があったから。その前に、彼からお金が送られて来たのよ。200万あったわ。『沙也加のお墓を建てて欲しい』とあった。きっと、颯斗くんが必死で貯めたお金だと思った。そのまま持ってたんだけど、遺骨を引き取った後、そのお金で彼のお墓を作った。樹木葬って知ってる?綺麗な植物に囲まれて、眠ってるわ」
樹がポツンと言った。
「…ありがとうございました」
伊庭が険しい表情になる。
「御堂さん、あの手紙が紫乃宛に届いた時、その場にいましたよね。どう思いました?」
御堂も顔を曇らせる。
「薄気味悪かったわ。…でも、何だか、子供じみていた。相手の気を引こうとする子供みたいだなって思ったわ」
…そう。時間が止まってる。子供のまま。大人の皮を被った、未熟な子供が、何処かに隠れている。
その時、伊庭のスマホが着信を告げた。
「三浦か。どうした?」
「天海さんのところに、堂本を行かせたの。居ないよりマシでしょ。そしたら、もう帰った後だったんだって」
まさか、歩いて帰ったなんて事、ないだろう、と思った。まだ、五時になっていない。
「どうやって?」
「分からない…」
「とにかく紫乃に連絡を入れる。切るぞ」
樹が既に掛けていた。
「紫乃…出ないよ。どうする?」
「『那須華』に行ってみよう」
今年の桜の開花は、遅れているそうだ。元小学校の敷地をずらりと取り巻く桜の木々は、蕾のまま、街の方から吹き上げる東風に枝を揺らしている。
もう、既に日は山の向こうに隠れて、近づいて来る夜を待っている。
駐車場に車を停めて、紫乃は千隼とともに、校庭に降り立った。千隼が、トランクを開けている。シャベルを用意したと言っていた。
紫乃がフェンスに向かって、歩き出した時、スマホが鳴った。足を止める。
樹からだった。
(…ごめん。今は、無理だわ)
そのまま、出る事はしなかった。シャベルを持った千隼が、先にジャングルジムの方に向かう。
「門から8本目の桜だったら、ここだよな。この辺、掘っていいか?」
シャベルを地面に突き刺す。
紫乃は、その場に立ち止まったままだった。動かずに、じっと千隼を見つめている。
「千隼。どうして、そこだと思うの?」
千隼の手が止まる。
「えっ、8本目で、ジャングルジムの近くって言ったら、ここだろ。掘り返した跡もある」
「掘り返した跡なら、近くにたくさんあるわ。第一、そこは8本目じゃないわ。よく数えてみて。9本目じゃない」
千隼は、暗くなりかけた校庭を見回す。目で桜を数え、表情が固まる。
「…ジャングルジムの近くだから…」
「それなら、こっちの方が近いわ。私たちが、ここに来た時、最初指示通りに掘ったところは、こっちだった」
紫乃が、8本目の桜を指さす。
「私たちが、通っていた時と、校門の位置が違うの。駐車場を作ったから。以前の校門の位置に、一本、桜を植えたのよ」
「だから、そこに『あのこ』が埋まっていたことを知っているのは、埋めた本人だけ」
紫乃は、真っ直ぐに相手を見た。
「…千隼、あなただったのね」
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