第16話 桜、散る

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 『那須華』に向かって、車を走らせる。住宅街から、市街地に入る。ちょうど、夕暮れを迎えて、西側の山が薄赤い曇り空を背にして、こちらに迫って来るように見える。グロテスクな赤黒い空と山影のコントラストが、禍々しく感じるのは何故だろうか。    『那須華』の店内に、堂本が所在なさげに座っていた。その前を、素通りして、滝澤のもとに歩を進める。 「マスター、紫乃と連絡がつかない。アイツは誰と出ていったんだ?」  滝澤がすまなそうな表情になる。 「それがねー。分からないんだー。俺がお昼休憩の時、紫乃ちゃん、店に一人だったんだけど、誰かが来てたみたい。それ、誰だか分からないんだ。『30分早く帰りたい』っていうから、てっきり伊庭さんと約束があるんだと思っちゃって、確かめもしなかった…。ごめん…」 「いや、マスターのせいじゃない…」 『大人の皮を被った、未熟な子供が、何処かに隠れている』  先程、頭に浮かんだ言葉が、何故かリフレインされる…。  …ずっと、俺は、紫乃に沙也加の面影を重ねたヤツが、紫乃を狙ってると思ってきた。そうじゃなかったとしたら?その前提が間違ってたら…。    逆だったんだ…。最初から、紫乃だったんだ。紫乃を求めるあまり、沙也加に紫乃を重ねた。そいつが、沙也加を殺したとしたら…。  不意に、伊庭が樹を振り返った。 「樹、そこの男の車に乗って、付近を見ながら、紫乃の家に向かってくれ」  堂本をチラッと見ながら、言う。 「いいけど。伊庭さんは、どうするの?」 「小学校に行く。桜の樹の下だ」  薄闇が迫ってくる校庭で、紫乃は千隼と向かい合っていた。千隼の手には、シャベルが握られている。指の節が白くなる程、強く。 「…何で、そうなるのかな…」  低い声で、呟く。眼差しが暗い。 「私、担任の先生と会ったの。それで思い出したんだけど、私の縦笛は、置き忘れたんじゃない。転校前に無くなったのよ。誰かが隠したんだと思う。それができるのは、当時の同級生しかいない。それに、贈り物の差出人が『七福神』だとコラムに書いてはいない。知ってるのは、編集部と伊庭さんと贈り主。それ以外は、千隼、あなただけ」  千隼が、口元に薄く笑みを浮かべる。 「仮に、俺だとして、それが何の罪になるの?ちゃんと返した訳じゃない。15年経ってはいるけど」  紫乃が、目を見開く。唇が僅かに震える。 「…千隼、知らなかったの?あの笛の袋の中に入っていたのは、私の縦笛じゃない。殺された高塚沙也加さんの笛とお守りなの。彼女の死に関係した人間にしか、手に入れることはできない」  千隼の大きく見開かれた目の中で、眼球がくるくると蠢いている。口は半開きのまま、戦慄いている。 「アイツ、あの女!どこまでも俺を愚弄しやがって!!…そうか、わかったぞ!俺が隠していることを知って、中身だけ入れ替えやがった。そして、俺を観察して、楽しんでたんだ…!アイツ!許せない!!罰を与えてやらなくちゃ…」  千隼の半開きの口元が、大きな笑みに変わっていく。  ぐるぐると動いていた眼球が、ピタリと紫乃に据えられた。
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