第16話 桜、散る

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「千隼、一体何があったの?」 「…紫乃がいた頃は、楽しかった。いつも、紫乃が側にいてくれたから、俺は一人になることはなかった。…紫乃が転校してすぐに、アイツが来た。外見が紫乃に似てたから、仲良くなれるんじゃないかと思ったけど、すぐそれは間違いだと気が付いた」 「高塚沙也加さんね」  千隼は、唇を噛みながら、言葉を続ける。 「アイツは、意地悪なんだ。俺を馬鹿にしてくる。…アイツは、俺が一人で、 学校の裏山に行くのを知ってた。跡を付けたんだろう。俺は、誰にも見付からないように、学校の裏山の木のウロに宝物を隠してた。紫乃の笛だよ。いつもそれを眺めて、紫乃を思い出してた」  子供の行動だ、悪気はないと思う。頭でそう考えても、千隼の行為を想像すると、背筋を濡れた手で摩られたように、ゾクっとした。 「…あの日も、秘密の場所に一人で行った。そしたら、そこにアイツがいたんだ。手には俺の宝物を握ってた。紫乃を汚された気がした。『返せ!』と言ったら、『気持ち悪い!』と笑われたんだ。紫乃に言われたようだった」  似ている顔で言われて、言葉と笑い顔が心に突き刺さった事は、容易に想像できる。 「知ってる?あの裏山が立ち入り禁止だった理由。あそこは、後ろが崖になっていて、地盤が緩いんだ。笛を掴んで、揉み合いになった。力づくで取り返したら、よろめいて後ろに下がった。そして、アイツの足元が崩れたんだ。そのまま、頭から崖下に落ちた。その上に、崩れた土がザーッと音を立てて落ちていった」  紫乃は、さっきから言葉を発することができない。手が細かく震えるのを止めることができない。 「崖の突端まで這って行って覗いたら、うーんと下の方に土の山ができてた。アイツの姿は見えなかった。俺は怖くなって逃げたんだ。きっと自力で出られると思いたかった。でも、次の日から学校に来なくなった。攫われたんだと噂になった」  それは、近県で少女誘拐事件があったからだ。誰もが、それと結びつけて考えた。 「俺も、きっとあの後、自分で帰って、攫われたんだと思っていた。…死体が見つかるまではね」  千隼が距離を詰めてくる。 「あの笛の袋を見ると、アイツを思い出す。だから、持っていられなくて埋めたんだ。…まさか、中身を入れ替えてたなんて、気付かなかった」  千隼が、また一歩紫乃に近づく。 「俺、中学も高校も大学も、誰も紫乃のように側にいてくれる友達がいなかった。紫乃だけなんだ。だから、紫乃が戻ってきた時、すごく、嬉しかった。…それなのに…」  ズルッと、シャベルを引きずる音が、やたらと大きく聞こえる。 「紫乃は変わった。あの男が来たからだ。俺だけの紫乃が、段々アイツの顔に変わっていく…」  目が大きく見開かれている。深い穴のような瞳で、紫乃を見つめる。 「…そんな紫乃は、見たくないんだ」  すーっと千隼の顔から、表情が、消える。  紫乃に向かって振り上げられた、シャベルの先端が、鋭く光る。
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